代表部の仕事:サービス貿易に影響を与える国内規制に関する国際的ルール形成

令和3年12月9日

サービス貿易に影響を与える国内規制に関する国際的ルール形成
 

青竹 俊英 参事官 
 

 2021年12月2日、ジュネーブの世界貿易機関(WTO)において、日本、米国、EU、中国などを含む67加盟国によってサービス貿易に影響を与える国内規制に関するルールが合意されました。これは、2017年の第11回WTO閣僚会議(MC11)以降実施されている、「共同声明イニシアティブ」と呼ばれる、有志国によるルール作りの試みによる初めての成果となります。また、WTOにおいて、サービス貿易に関する新たなルールが合意されるのは、実に1997年の基本電気通信交渉(通信サービスの市場開放をテーマとした交渉)以来となります。

 

      

(交渉が妥結された12月2日の会合の様子。(写真提供:WTO事務局))

 

 私は、2019年以来、約2年強に亘って交渉を担当してきました。本来であれば、2021年11月30日-12月3日にジュネーブで開催予定であった第12回WTO閣僚会議(MC12)の機会に、閣僚級で交渉妥結を宣言する予定でしたが、新型コロナの新たな変異種の影響で閣僚会議が直前に延期されることとなったため、大使級で交渉妥結が宣言されました。閣僚級で華々しく交渉妥結を発表できなかったことは残念でしたが、それでも、苦労して交渉してきた結果が、具体的なルールとしてまとまったことは感慨深いものでした。
 
 冒頭に「有志国で合意した」と書きましたが、実は、もともとは1995年に発効したサービスの貿易に関する一般協定(GATS)において、「必要な規律を作成する」とされており、これに基づいて、20年近くWTO全メンバー(「マルチ交渉」と呼びます。)によるルール作りの作業が行われていました。しかし、懸命な交渉にも関わらず、2017年の第11回WTO閣僚会議(MC11)で合意に至らなかったため、その後は一部の有志国による作業(「プルリ交渉」と呼びます。)が続けられてきました。
 
 WTOでいうサービス貿易とは、一般にイメージされやすい物品の貿易とは異なり、例えば、日本の企業が海外において金融業、流通業、建設業などといった分野でサービスを提供すると、これが日本と当該国との間のサービス貿易と扱われます(サービス貿易については「WTOの委員会議長を務めて」でも説明しています)。一般に、それぞれの業種に対して、各国で関連する規制があり、通常、これらの規制は公共の利益のために必要な規制となっていますが、これらがサービス貿易に阻害的な影響を与えることや、隠れた貿易制限的措置にならないようにすることが重要です。
 
 例えば、外国で金融サービスを提供するためには、当該国での免許などが必要になることがありますが、形式的には外国のサービス事業者も免許を取得できるとされていても、基準が曖昧で免許を出してもらえない、申請が棚ざらしにされてしまう、あまりにも有形無形の取得コストが高いために諦めてしまう、といった問題が起こることがあります。実際に、途上国でビジネスを展開しようとする日本企業からは、こういった進出先の行政手続上の問題に直面することが多いと聞きます。私は以前、日本の政府開発協力(ODA)案件に携わっていましたが、その際も、事業を実施する日本の企業が、アフリカ等の国々で行政手続等の問題で苦慮していました。こういったことは、進出しようとする企業にとって困難となるのみならず、受入れ側の国にとっても、外国からの投資が増えない、海外企業が有する有益な技術やノウハウを活用できないといった不利益に繋がることになります。
 
 今回合意されたルールでは、以下のようなルールが定められています。
●外国のサービス事業者に資格審査等を要求する場合には、
・合理的な期間内に審査等を実施する
・出願のために必要な合理的な時間的猶予を認める
・許認可の手数料は合理的・透明で制限的でないものとする
・許認可の申請に対して必要な時間の目安を事前に可能な限り伝える
・申請に問題がなければ申請を完了して結果を伝え、可能な限り書面で結果を伝える
●サービス事業者に必要な情報を速やかに公表する
●関連の措置等を整備する際には可能な限りパブリック・コメントの機会を与える
また、努力規定ですが、許認可に際して、電子的申請を受け付けるように努めるともされています。
 
 日本から見ると、改めて明文化する必要もない当たり前のルールと思われるかもしれませんが、こういったルールを法的拘束力ある形で、世界の多くの国が約束することは、ビジネス環境の透明性や事前予見性を高める上でも大変意味があることです。法的拘束力を持つことになりますので、ルールを順守していないメンバーがいれば、WTOの紛争解決制度に持ち込むこともできるようになります。
 
 これまでの2年間の交渉を振り返ると、条文について、非常に詳細で技術的な議論が続きましたが、各国の担当は、それぞれ本国の意向を踏まえながら、自国の法制度との間で矛盾や齟齬が生じないよう確保しようと取り組んでいました。メンバーの中には、現在の自国の法制度では新たなルールに対応することができない国・地域もあります。そのため、途上国には、最大7年間の経過期間を活用することが認められており、必要な法整備を行うことができるようになっています。
 
 印象深いこととしては、この交渉において、世界最大のサービス貿易国である米国の動きでした。米国は、終始積極的に議論に参加していたものの、正式なメンバーとしてではなく、オブザーバーとして参加していました。それが、バイデン政権への政権交代後、2021年7月になって公式に正式に参加することを表明し、その後、急速に交渉が進展しました。それまでメンバー間で膠着状態となっていたいくつかの事項も一気に解決し、私にとっても国際交渉のダイナミズムを強く感じた経験となりました。
 
 WTOは、ドーハ開発ラウンドが行き詰まった後、残念ながら新たなルール作りの分野でなかなか成果を出せていませんでしたが、今回、有志国による交渉という形で、新たなルール作りができたことはWTOの将来にとっても大変望ましいことです。このルールが、日本企業を含め、世界でより良いビジネス環境を構築することに貢献することを期待しています。