代表部の仕事:WTO紛争処理制度改革等
令和5年7月27日
WTO紛争処理制度改革等
原田 政佳 参事官
1 はじめに
WTO紛争処理(Dispute settlement、略称:DS)の実務については、日本とジュネーブをつなぐWTO紛争処理の実務にて詳述されているので、今回は(1)コロナ禍での紛争処理会合対応と、(2)紛争処理制度改革を中心にご説明したいと思います。
2 コロナ禍でのWTO紛争処理会合対応
当職が着任した2020年8月は、世界的にパンデミックが起こっているときで、毎月行われる紛争処理機関(DSB)以外は、個別案件の会合は全て延期されるという状態でした。そのDSBすら着任してしばらくして停止し、WTO自体も一時閉鎖となりました。
しかし、コロナ禍の中で紛争処理会合をいつまでも延期していては、協定が掲げる迅速な紛争解決の精神に悖ることから、コロナ禍の下、バーチャル形式の会合手段が急速に発展し、会合開催が可能となりました。
パンデミックが収束した現在も、対面会合とバーチャル会合を織り交ぜたハイブリット形式の会合が開催されています。日本にとって必要かつ重要な会合には対面で出席し弁論することができ、必ずしもそうではない会合はバーチャルで出席できようになっており、会合参加の形態に複数のオプションが生まれました。コロナ禍は、世界的に不幸な出来事でしたが、同時に伝統的な対面会合形式以外の会合方式を確立させたので一つの変革を生んだといえます。
3 WTO紛争処理改革
WTO成立時に、第一審であるパネル判断に法的誤りがある場合に、例外的に上訴できる制度として、上級委員会(以下、上級委)が作られました。残念なことに、現在この第二審である上級委の委員全員が不在の状況となっており、仮に敗訴国が第一審のパネル報告書の内容を不服であるとして上訴すれば、敗訴国は第一審のパネル報告書の採択を事実上ブロックできる状況となっています。
その原因は、2017年に米国が上級委再選任を拒否するようになったからです。ではなぜ、米国が拒否するようになったのか。その理由は、米国が長年にわたって上級委の「問題行動」に懸念を表明してきたものの改善がなかったことにあります。米国の懸念は、米国の貿易を司る省庁が2020年に公表したReport on the Appellate Body in the World Trade Organizationに現れておりますが、概要としては、(1)上級委が上訴審期限の最大90日を守らないこと、(2)上級委が紛争解決に資さない法的意見を述べること(注:勧告的意見)、(3)上級委が適切な理由がない限り、先例に従うことを要求し、そうでない判断を取り消してしまうこと(注:先例拘束性)、(4)協定に定められた文言の解釈を超えて判断を下し、WTO加盟メンバーの権利義務の増減を行っている(注:上級委の解釈の行き過ぎ、オーバーリーチと呼ばれています)こと等です。
上級委機能停止前以降、上級委をどのように復活させるかという議論が行われてきており、また、WTOのDS制度は、どうあるべきかという議論はそれ以前もありましたが、大きな動きはコロナ禍が落ち着いてきた2022年初頭に起こりました。米国が、現政権の下でDS改革に前向き姿勢を見せはじめたのです。これを受けて、同年4月ころから、ジュネーブでは専門家レベルでのDS改革に関する非公式会合が開催されています。現在、この会合への対応が当ジュネーブ代表部DS担当の仕事の大きな割合を占めています。なお、当職もこのプロセスの中でシンガポールとともに会合のファシリテーターを務めました。
WTO紛争処理(Dispute settlement、略称:DS)の実務については、日本とジュネーブをつなぐWTO紛争処理の実務にて詳述されているので、今回は(1)コロナ禍での紛争処理会合対応と、(2)紛争処理制度改革を中心にご説明したいと思います。
2 コロナ禍でのWTO紛争処理会合対応
当職が着任した2020年8月は、世界的にパンデミックが起こっているときで、毎月行われる紛争処理機関(DSB)以外は、個別案件の会合は全て延期されるという状態でした。そのDSBすら着任してしばらくして停止し、WTO自体も一時閉鎖となりました。
しかし、コロナ禍の中で紛争処理会合をいつまでも延期していては、協定が掲げる迅速な紛争解決の精神に悖ることから、コロナ禍の下、バーチャル形式の会合手段が急速に発展し、会合開催が可能となりました。
パンデミックが収束した現在も、対面会合とバーチャル会合を織り交ぜたハイブリット形式の会合が開催されています。日本にとって必要かつ重要な会合には対面で出席し弁論することができ、必ずしもそうではない会合はバーチャルで出席できようになっており、会合参加の形態に複数のオプションが生まれました。コロナ禍は、世界的に不幸な出来事でしたが、同時に伝統的な対面会合形式以外の会合方式を確立させたので一つの変革を生んだといえます。
3 WTO紛争処理改革
WTO成立時に、第一審であるパネル判断に法的誤りがある場合に、例外的に上訴できる制度として、上級委員会(以下、上級委)が作られました。残念なことに、現在この第二審である上級委の委員全員が不在の状況となっており、仮に敗訴国が第一審のパネル報告書の内容を不服であるとして上訴すれば、敗訴国は第一審のパネル報告書の採択を事実上ブロックできる状況となっています。
その原因は、2017年に米国が上級委再選任を拒否するようになったからです。ではなぜ、米国が拒否するようになったのか。その理由は、米国が長年にわたって上級委の「問題行動」に懸念を表明してきたものの改善がなかったことにあります。米国の懸念は、米国の貿易を司る省庁が2020年に公表したReport on the Appellate Body in the World Trade Organizationに現れておりますが、概要としては、(1)上級委が上訴審期限の最大90日を守らないこと、(2)上級委が紛争解決に資さない法的意見を述べること(注:勧告的意見)、(3)上級委が適切な理由がない限り、先例に従うことを要求し、そうでない判断を取り消してしまうこと(注:先例拘束性)、(4)協定に定められた文言の解釈を超えて判断を下し、WTO加盟メンバーの権利義務の増減を行っている(注:上級委の解釈の行き過ぎ、オーバーリーチと呼ばれています)こと等です。
上級委機能停止前以降、上級委をどのように復活させるかという議論が行われてきており、また、WTOのDS制度は、どうあるべきかという議論はそれ以前もありましたが、大きな動きはコロナ禍が落ち着いてきた2022年初頭に起こりました。米国が、現政権の下でDS改革に前向き姿勢を見せはじめたのです。これを受けて、同年4月ころから、ジュネーブでは専門家レベルでのDS改革に関する非公式会合が開催されています。現在、この会合への対応が当ジュネーブ代表部DS担当の仕事の大きな割合を占めています。なお、当職もこのプロセスの中でシンガポールとともに会合のファシリテーターを務めました。

【会合でファシリテーターを務める筆者(中央)】
DS改革は、個別DS訴訟におけるような、これまでの案件で積み上がった判断群を参考に、自国に有利な協定解釈を展開するのではなく、そもそものDSシステムをどうデザインするのか、どう既存の制度から改革するのかあるいはしないのか、という観点から物事を考えるので、個別DS案件対応とは全く異なる頭の使い方をします。そのため、日々動いている個別DS案件への対応とDS改革を同時に並走させるのは苦労しました。
上記のDS改革の取組とは別に、一部の有志国(豪州、ブラジル、カナダ、中国、EU等)により、準備が進められ、2020年に暫定的上訴代替アレンジメントを完成させました(Multi-Party Interim Appeal Arbitration Arrangementの頭文字をとり、MPIAと呼ばれています)。MPIAはDSU第25条に存在する仲裁制度を根拠に、上級委審理規則を可能な限り利用し、上級委と同様の審理を行うというものです。日本は2023年3月10日にこのアレンジメントに参加し、今や参加国・地域数は53になりました(注:WTOメンバーの約3分の1)。
4 おわりに
WTOは164メンバーが議論を戦わせる、いわゆるマルチの世界ですが、その中でWTO紛争処理は相手国との紛争を処理するので二国間(バイ)の性質を持ち合わせます。当職は、WTOの通常の意思決定機関である一般理事会担当としてWTO全体の議論、WTO全体像の中におけるDS改革議論、有志国議論、そしてバイの議論を同時に追うことができ、非常に得難い、稀有な経験ができたと思います。
個別案件としては、(1)インドによるICT製品の関税取扱案件はパネル設置からインドによる上訴まで、(2)韓国から訴えられていた輸出管理運用見直しはパネル設置から韓国のDS取下げによる終焉まで、(3)中国政府による日本産ステンレス熱延鋼板・コイル等に対するアンチダンピング措置は案件初期からパネル報告書発出・履行の一部まで対応することができました。3件もの当事国案件に担当班長として対応することは、責任は重大でしたが、有益な経験を積むことができました。
また、3年間の任期を振り返ると、他国メンバーとの意見交換・情報収集や会合対応などで、日本のDS担当といえば、マサヨシであると認知してもらえるようになり、さらには事務局主催の研修で日本がレクチャー担当として呼ばれるに至ったのは、日々積み重ねた結果と思います。
これらの経験を今後に活かしていきたいと思います。