代表部の仕事:国連のガバナンスか、それとも不正か ー世界の負託に応える国連を目指してー

令和5年12月22日
国連のガバナンスか、それとも不正か
ー世界の負託に応える国連を目指してー
 
永田 真一 参事官

   「ニューヨークで献立がつくられ、ジュネーブで料理される」
   国連に関する、ある国の外交官の評です。
   スイスのジュネーブに、国連欧州本部とそれに対する各国の政府代表部があると聞いて、不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。「国連=NY」とのイメージどおり、確かに国連本部はじめ国連事務総長のオフィス、国連総会や安全保障理事会といった重要意思決定機関は、NYに置かれています。
 
  
(奈良県派遣院生らへ講演する筆者)
 
   しかし、ジュネーブには、コロナ禍でも注目を集めたテドロス事務総長率いるWHO(世界保健機関)や、ILO(国際労働機関)、ITU(国際電気通信連合)、国連人権理事会など、30を超える重要な国連機関や会議体があり、まさに「料理の提供」―国連の具体的な活動やそれに係る様々な意思決定・調整を巡る外交活動―が大いに展開されている、それがジュネーブだと思っています。

   ここでは、そうした国連組織の提供するサービスの品質管理にまつわる業務についてお話ししたいと思います。先進国の一員として当代表部から国連機関のガバナンスに関わることに加え、国連唯一の外部監督機関であるJIUという組織等についてもご紹介いたします。
(なお、本稿中意見や解釈にわたる部分はすべて筆者の私見であり、当代表部・日本政府の公式見解ではありません。)

1 ガバナンスと国連の監督組織
 (1)   ガバナンスとは
   日本の会社や官庁などでも働き方改革が注目されていますが、国連も一つの職場です。
   世界中のあらゆる言語、価値観、考え方等を持つ国や地域の出身者からなる国連という職場において、高い士気や成果を維持向上させていくには、国連幹部のリーダーシップもさることながら、「株主」に当たる加盟国にも経営状況を監視する努力が求められます。

   水や空気のようにそれが存在し機能して当たり前に思われがちなガバナンスの分野ですが、リーダーに権限が集中しすぎたり、ハラスメントが横行したりする組織では、腐敗が進むリスクもあります。期待と影響力の大きい国連だからこそ、監督責任も大きいのです。

   我が国は人件費をはじめとする国連の通常予算に世界で3番目に多くのお金を投じている国です。
   財政貢献が実りある事業効果となって世界にプラスの効果をもたらすためにも、職員が健全かつ効果効率的に働ける組織基盤をしっかり監督することが重要といえます。
    その点では、ガバナンスの「仕組みを確保する」という営みが重要となってきます((3)や2のジュネーブ・グループでもう少し述べます)

   本論から外れますが、会計基準や業務内容は違えど、監査関連業務については民間企業と同様のことが行われていますので、USCPA(米国公認会計士)、CIA(公認内部監査人)の有資格者やIFRS(国際財務報告基準)に関する知見を有する方のほか、監査法人や内部監査部門で勤務経験のある日本人にとって、国連の監査部門は実は活躍しやすい部門といえますし、現にそうした方もいらっしゃいます。

   ご興味ある方、まずはJPO向け説明会などで情報収集をされてもよいかもしれません
   (工藤書記官の記事をご参照ください:「国際機関で働く日本人職員の活躍を支えるために」)

(2)不正のトライアングル
   2021年、コンゴ民主共和国においてWHO関係者が現地の方々に性加害を働いていた旨の報道がありました。国連憲章第1条には「すべての者のために人権及び基本的自由を尊重する」ことが明記されており、こうした事態は国際社会の平和と安定のため国際機関に活動を委任している加盟国にとっても看過しがたいものです。(当地でも後に触れますジュネーブ・グループのうち、横断的なジェンダー・グループにおいて、こうした事態の再発防止を各機関に申し入れるとともに、継続的に取組状況についてフォローアップを行っています。)
   
(不正の通報を受け付けている国連内部サービス監査局
   あってはならない事態が発生しているわけですが、国連という組織について「大株主」として監督する立場としては、「不正は起こりうるもの」との立場に立ち、冷静にその兆候をマネジメントするよう求めていくことが重要であると考えています。
  
 
   コンプライアンスの世界では、不正防止には、機会(opportunity)、動機(motivation)、正当化(rationalization)の三要素(不正のトライアングル)を的確に把握することが重要であると指摘されています。不正が容易に行われる環境を与えていないか、見合わない報酬で過度のノルマ・プレッシャーを負荷していないか、家族の病気・進学等不正の実行を主観的に是認しうる理由が存在しないか、といったことをモニタリングすることが重要と考えられています。

   国連機関の各「本部」は上述のとおりニューヨークやジュネーブなどに置かれますが、活動の場は、援助を必要とする途上国や紛争地帯等です。国連の地域事務所などに派遣される職員たちは、そうした厳しい環境に赴き、困窮している世界の友人に対し、いわば「援助者」という立場で接することとなります。パンデミックや地域紛争などの発生への対処は確実な予測が難しく急な派遣に対応する必要もあり、家族含め高いプレッシャーを抱えることとなるでしょう。施策を行う上ではこうした事情をしっかり考慮することが不正リスクを識別検知し予防する上で極めて重要なのです。

   なお、我が国でも、東日本大震災の教訓として、避難場所の管理者に男女両方を配置するほか、トイレや更衣室を男女別かつ離れた場所に設置すること等をガイドラインとして示していますが、このように方針を示し、絶えずモニタリングする姿勢を国連機関のマネジメント層にも求めていくことが重要です(令和2年5月内閣府男女共同参画局「災害対応力を強化する女性の視点~男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン~」)。

(3)国連合同監査団
   組織マネジメントがうまく機能しているかを横断的にレビューする組織として、国連合同監査団(JIU: Joint Inspection Unit)が置かれています。JIUは1966年国連総会決議により国連総会の下に直接設置されました。本部はジュネーブの国連欧州本部内に置かれ、国連幹部クラスからなる11人の監査官が独立した立場から各機関のマネジメントについて個別又は横断的にレビューする(いわばCTスキャン)ことで、よい取組事例があれば広く共有できる他、ガバナンスに問題のある組織があれば監査官が直接トップマネジメントに意見を申し出ることができる、極めて重要な機関です。

   (1)で述べた「ガバナンスの仕組みを確保する」上で、JIUレビュー(CTスキャン)が行われたことをきっかけとして、関係するステークホルダーに問題点が共有され、改善への端緒となるといったことが、JIUの重要な役割となっています。JIUに足らざるを指摘された各機関に対して、加盟国として善後策をただすこともさる事ながら、更に進んで内部・外部監査部門、独立監査監督委員会に対しJIUと意見交換の機会を持つよう促すことや、内部監査部門の独立性がしっかり保証されるよう監視すること(監査部門の人事の独立性を含めマネジメント側の恣意に流れていないか等)が、加盟国による監督活動として効果的と考えられます。

   なお、我が国からは過去20年以上継続的に監査官を輩出しており、直近では2022年の国連総会選挙で選出された星野俊也・前大阪大学大学院教授が2023年から監査官を務めています。事業評価や監査に識見のある邦人職員やJPOの方も活躍してきており、勤勉で精度の高い邦人の業務能力が高く評価されています。インターンやJPOなどの応募を検討されている方は是非ご参考ください。

(JIU監査官ら:筆者は右端)
 
   (更に知りたい方は、上岡恵子・元JIU監査官による以下レビューや、JIUのサイトをご参照ください)
  • WMO(世界気象機関)に対するマネジメントレビュー(こちら
  • 国連機関のメンタルヘルスとウェルビーングに関するレビュー(こちら

2 主要な財政貢献国としてージュネーブ・グループ共同議長
   ジュネーブ・グループは、関係国代表部を中心とした集まりです(国連機関が所在するウィーン、パリ、ニューヨークにも活動は及んでいます)。
   参加するのは国連財政基盤に重要な貢献をしている、つまり国連にとっていわば「大株主」で、行財政運営について志を同じくする国々です。これら国の国連通常予算への拠出を合計すると過半数に及ぶと言われます。国連のガバナンスに関するテーマが幅広く扱われ、年に2回、首都から各国の国連政策を担当する幹部公務員が参加して率直に意見を交わし合う総会が行われるほか、そこでの方針決定を受け、各グループが担当機関を招いて対話ベースのヒアリングや働きかけを行います。
   大きな運営改善の必要ありと判断されるようなときには、グループ名の共同レターを組織のトップ宛に発出することもあります。加盟国の投票で選ばれる国際機関の長たちから見れば、大株主たちからのワンボイスでの指摘は、無視できない重みとなっており、1(1)に述べた「ガバナンスの仕組みを確保する」仕掛けとして有益であると思います。
   
(国際人事委員会(ICSC):地域調整給の統一状況を聴取)
 
   ジュネーブ・グループには、国連機関ごとあるいはテーマごとに、「縦」と「横」の集まりがあります。
   当代表部では、機関ごと(つまり縦)のグループのうち「ITUグループ」、またテーマごとの(つまり分野横断的)グループのうち「人事グループ」と「監督グループ」で、それぞれ共同議長を担当しており、私のポストでは、英国代表部とともに監督グループの共同議長をしています。
   
(監督グループで共同議長を務める英代表部担当者と筆者)
 
   国連機関に対し具体的な改善を要求するに当たっては、正式な形で各機関の理事会や総会に参加して発言を行うこともしばしばあります。また、非公式の場において率直に対話や意見交換を行うことも効果的です。ジュネーブ・グループはそのためにうってつけの場として機能しており、当代表部は、共同議長という立場を活用し、関係する機関幹部職員と膝をつき合わせつつ、信頼関係を基に働きかけを行ってきています。
 
(ILO理事会で倫理担当官の任期等を問う筆者)
 
   3.おわりに
   監査や監督といったガバナンスの分野というものは、内外問わず、大きな晴れ舞台で華々しい活躍というものではなく、どちらかといえば地道な活動であると考えます。しかし、「不正のトライアングル」のように、ガバナンス上の弱点となりかねない部分を少しずつ補充していく努力を重ねていくことは、長期的にみて我が国や国際社会にとって望ましいガバナンスの在り方を維持・実現することにつながると確信しています。
   民主主義国では米国に次いで第二位の拠出額を負担する日本として、我が国納税者の貴重な資金の負託先である国連を然るべく機能させるという重要な使命、責任を日々感じつつ、他国代表部の意見も聞き、大使、公使ほか、日本政府代表部の同僚達の助けも得ながら、総合的な外交活動の一翼を担ってまいります。