代表部の仕事:カンボジア人権状況決議について
カンボジア人権状況決議について
田口一穂 公使参事官
(イントロ)
前回は、人権理事会での議論がどのように行われているかについて投稿させていただきました(前回記事はこちら)。2021年秋の第48回人権理事会において、日本は、カンボジア人権状況決議のペンホルダー(主提案国)を務めました。日本が主提案国を務めている決議はこのカンボジア人権状況決議とハンセン病決議です。貴重な経験でしたので、ペンホルダー側から見た決議案採択の流れについて紹介させていただければと思います。
【筆者】
(カンボジア人権状況決議の経緯)
カンボジアにおいては、クメール・ルージュの支配や虐殺、長期に亘る内戦の後、1991年にパリ和平合意が達成されました。1992年には国連カンボジア暫定機構(UNTAC)が活動を開始し、日本が初めて国連PKOに参加したのもこの時でした。
カンボジア人権状況決議は、1993年に豪州により初めて提出されました。その後、日本は、カンボジア問題に関し積極的役割を果たしてきたこと、新たに人権分野でもリーダーシップを発揮するとの観点から、1999年に豪州から主提案国を引き継ぎ、国連総会第3委員会及び人権委員会(現在の人権理事会)に本件決議を提出してきており、決議は全てコンセンサス(無投票)採択されています。
本件決議は、カンボジア人権状況に関する特別報告者のマンデートを更新するために不可欠な決議であり、議題4における国別の人権状況の非難決議ではなく、各国の人権状況改善のための技術協力として議題10の下で採択されてきています。
(カンボジア内政)
カンボジアにおいては2013年国政選挙以降、最大野党の救国党が伸張していましたが、2017年9月救国党の党首が拘留され同党が解党されました。2018年の国政選挙においては、与党人民党が全議席を独占しましたが、こうしたカンボジア政府の対応には、国内外から批判が寄せられました。
前回のカンボジア状況決議は2019年9月に採択されました。その後もカンボジアにおいては、市民社会関係者の逮捕などが続き、人権状況の悪化について、NGOや特別報告者からも懸念が表明されてきています。
カンボジアにおいては、2022年6月に地方選挙、2023年に国政選挙が予定されます。今回の決議案はこうした重要なタイミングでの採択となりました。
(決議提出までの流れ)
日本は、これまで深刻な人権侵害にはしっかりと声を上げ、その一方で対話と協力を基本として、人権擁護に向けた努力を行っている国には、自主的な取組を促してきています。
2021年の決議案の作成に際して、日本は、当事国であるカンボジア及び本件に強い関心を有するEU等双方の声に耳を傾けつつ、議論のたたき台となる決議案を作成しました(これは「ゼロ・ドラフト」と呼ばれています)。
決議案の提出には、期限が設定されます。第48回人権理事会では9月29日が決議の提出期限でした。関係国との意見交換を重ねつつ、外務本省とも密に連絡し、非公式協議実施のタイミングなど、検討を重ねました。
ペンホルダーとしての業務は、様々な手続や多くの関係国との調整を含むため、当代表部の北野書記官の協力を得て、手分けして対応しました(大変感謝しています)。
(NGOとのやりとり)
決議案のペンホルダーとなると、様々な国からアプローチがなされる他、NGOからもアプローチがあります。私は、都合がつく限り、できるだけNGOの意見を聞く機会を設け、NGOの見解にも耳を傾けました。
(非公式協議)
決議案の提出に先立っては、少なくとも1回、非公式協議を実施することとなっています。本決議案については、9月21日及び22日にオンラインで実施しました。非公式協議の案内は全代表部に対してなされ、NGOも参加可能です。カンボジア決議は30パラグラフ以上もある決議であり、90分間の協議を2回、フルに使って実施しました。
非公式協議で示した「ゼロ・ドラフト」に対する関係国の立場の違いは大きく、西側諸国からは、カンボジアの人権状況に対する懸念が十分に反映されていないとの指摘がなされる一方、本決議案は、技術協力決議であり、そういった懸念を書き込むべきでないといった主張もありました。
(決議案の提出)
決議案に対する双方の立場の違いが大きかったため、9月29日の決議提出期限に際しては、日本はゼロ・ドラフトをそのまま提出しつつ、関係国との協議を続けました。決議を提出すると事務局による体裁についてのチェックが行われ、公式な番号(L番号と呼ばれます)が付され、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のサイトでも公開されます。原文の英語から他の国連公用語への翻訳もなされます。
(書面修正の期限)
提出された決議に対しては、書面修正を提案することができます。第48回人権理事会においては10月4日がその期限でした。決議によっては敵対的な修正が提起されることもありますが、カンボジア人権状況決議についてそのような修正提案はなされませんでした。書面修正の期限を過ぎても口頭修正を行うことができますが、口頭修正については、L番号は付されず、他の国連公用語への翻訳も行われません。
(特別報告者とのID)
10月6日には、人権理事会の議題の一つとして、ムンターボーン・カンボジア人権状況特別報告者とのインタラクティブ・ダイアログ(ID)が行われ、特別報告者による報告、各国及びNGOとの意見交換が行われました。
(口頭修正)
カンボジア人権状況決議については、その後も、ジュネーブにある各国代表部間と各国の首都に直接連絡を取る方法で様々な調整や働きかけがなされました。日本は、ぎりぎりの調整の結果、口頭修正を行った決議案を10月7日に提出しました。決議案の採択が始まる日です。
(採択に付された決議の概要)
採択に付された決議案の主な内容は以下のとおりです。(OHCHRサイト参照)
(1) 政党・市民社会の活動空間(パラ21、24)
・野党や市民社会への逮捕やハラスメントに対し、深刻な懸念を表明。
・表現・集会・結社の自由を保障し、市民社会の活動のため適切な措置を講じるよう強く要請。
(2)国政選挙(パラ25)
・2018年の国政選挙の結果に懸念を示す特別報告者の報告書に留意。
・来年の地方選挙、再来年の国政選挙に向け、市民権、政治的権利の保護・促進を要請。
(3)ナショナル・インターネット・ゲートウェイ(NIG、カンボジア国内からのインターネット接続を、政府が管理する回線に集約する制度)(パラ27)
・複数の特別報告者によるNIG設置に関する共同書簡に留意。
・個人のプライバシーやインターネット上の表現の自由を保護するよう強く求める。
(4)特別報告者による報告(パラ34)
・カンボジア人権状況特別報告者のマンデートを2年間延長。
・特別報告者が人権理事会に2年で2回の書面報告に加え、1回の口頭報告を行うことを追加。
(人権理事会での採択)
第48回人権理事会は、当初10月8日までの予定となっていましたが、議論や決議案の採択が終了しなかったため、日程が延長され、カンボジア人権状況決議については、10月11日の最終日に採択されることになりました。第48回人権理事会は、新型コロナウィルス感染防止の観点からオンライン開催でしたが、決議の採択等、投票を伴うセッションについては、人権理事会の開催される国連欧州本部内のルームXXにおいて、各国2名の参加が認められ、ハイブリッド形式で行われました。
(採択の流れ)
(1)決議の採択においては、まず主提案国である日本を代表して、私から以下のような提案理由説明を行いました。
本件決議の主な目的は、カンボジア人権状況特別報告者のマンデートを2年間延長することを含む、カンボジアにおける人権状況の改善に向けた国際社会の支援の継続である。
2021年はパリ和平協定締結から30周年を迎える。この30年間でカンボジアは大きな発展を遂げた。人権状況についても、改善が見られた部分もある一方、特別報告者の報告などで指摘されているとおり、更に努力が必要な分野があるのも事実。カンボジアにおける人権状況改善のためには、同国による自発的な取組を進めていくことが重要であり、特別報告者にはOHCHRカンボジア事務所とも連携しつつ、そうした努力を後押しすることを期待。
そのような考え方の下、我が国を含む国際社会は、2022年の地方選挙、2023年の国民議会選挙に向けて、高い関心をもって、カンボジア情勢を注視していくべきことを強く喚起したい。我々は、これらの選挙が多様な国民の声を反映する幅広い政党の参加の下で行われることを期待。
本決議では、特別報告者による既存の2回の書面報告に加え、1回のみの口頭報告を追加。これは、次期選挙を見据え臨時的に追加したものであって、次回以降の決議の前例となるものではなく、その時々でのカンボジアの人権状況を踏まえて判断されるべきものである。カンボジアが国際社会との対話に積極的な姿勢を示したことを歓迎。双方向の建設的な対話を期待。
我が国は、これまでもカンボジア側と建設的かつ率直な対話を続けてきたが、今後もカンボジア自身が国内外の様々な声に耳を傾け、国際社会と協力して、前向きな歩みを進めていくことを強く期待しており、こうした取組を支援していく用意がある。
本決議は、技術協力決議であり、国際社会とカンボジアの双方の協力が必要である点を改めて想起したい。これまでの決議と同様、本決議案がコンセンサスにて採択されることを期待する。
(2)次に一般コメントの有無について、議長が照会を行います。EU及び当事国であるカンボジアが発言を行いました。
ア EUからは、オーストリア代表部大使がEUを代表して発言を行い、(i)主提案国である日本によるコンセンサス採択に向けた広範な努力を賞賛、(ii)全ての人権の保護、基本的自由の尊重をカンボジアに強く求める、(iii)カンボジア政府が特別報告者のマンデート延長並びにOHCHRと特別報告者との建設的な関与を表明した点を評価、選挙に向けて口頭報告が追加された点を歓迎する、(iv)EUは本決議案を支持し、コンセンサス採択されることを期待する旨述べました。
イ カンボジアからは、カンボジア代表部大使が発言を行い、(i)コンセンサス採択に向けた日本の好意的・建設的な関与と強いコミットメントに感謝するとともに、(ii)特別報告者の取組は、政府見解や国の状況を考慮し、事実と検証可能な情報に基づき、客観的でバランスのとれた非政治的・非選択的なものであるべき、(iii) カンボジアは憲法と法の支配に基づき、着実に人権を擁護・促進しており、来る選挙を含め、複数政党制に基づく不可逆的な民主主義を推進していく旨述べました。
(3)その後、議長がコンセンサスによる採択を行ってよいか(投票を要求する国がいないか)確認します。
今回のカンボジア人権状況決議も、コンセンサスで採択されました。マーシャル諸島とウクライナが共同提案国に名を連ねました(その後東ティモールも共同提案国入り)。コンセンサスにより採択されるとは思っていましたが、それが確認できた時は、やはり安心しました。
(結び)
決議案の内容を巡っては当初、西側諸国とカンボジアとの間には大きな意見の相違がありました。日本は、双方の意見を考慮しながら、ペンホルダーとして中立的な立場で困難な調整にできる限り尽力しました。
日本としては、こうした決議の採択に当たっては、当事国の自主的な取組を進める上でも当事国による同意が重要であると考えています。決議が、カンボジアも参加する形でコンセンサス採択され、また、双方の立場の相違はあるものの、EU及びカンボジアの双方から日本の取組についての謝意が表明されたことは、一つの成果であったように思います。
引き続きこうした取組を通じ、世界の人権状況の改善に微力ながら取り組んでいきたいと思います。