代表部の仕事:人権理事会における議論はどのように行われているか
人権理事会における議論はどのように行われているか
田口 一穂 公使参事官
私は、今年の8月に代表部勤務となり、人権を担当として勤務することとなりました。近年は東京で国連総会、IAEA、軍縮、国際保健(COVAX、WHO等)など、多国間外交の分野の業務に従事してきましたが、交渉の最前線である代表部で勤務するのは初めてです。
人権については、大学時代、国連人権委員会のミャンマーの特別報告者を務めた故・横田洋三先生のゼミに属していたことがあり、人権担当となった際には何か縁を感じました。一方、当時、現場での議論についてイメージすることが難しかったことを思い出します。
今回は、一外交官として、人権理事会の現場で、議論がどのように行われ、どのような特色があると考えるか、私なりの視点でお伝えしたいと思います。
(人権理事会とは)
2005年3月、アナン事務総長(当時)が報告書を発出し、国連の全ての活動で人権の視点を強化する「人権の主流化」を提唱しました。同年9月の国連特別首脳会合では、同報告書を基礎に成果文書がとりまとめられました。2006年、人権理事会(以下「人権理」という。)は、国連が世界の人権問題により効果的に対処するため、経済社会理事会の下部組織であったそれまでの人権委員会を発展的に改組する形で、国連総会の下部機関として、ジュネーブに設置されました。
人権理は47カ国の理事国により構成されており、理事国の任期は3年となっています(なお、連続二期を務めた直後の再選は不可)。日本は2020年1月から5期目を務めています。人権理は年3回の定期的な理事会をはじめ、人権に関する様々な議論や決定を行っています。
【筆者、人権理事会にて】
(第48回人権理における議題)
それでは実際、2021年の秋に開催された第48回人権理がどのようなものであったか、その一端を紹介したいと思います。近年の人権理で議論されるトピックの増大に伴い、第48回は9月13日から10月11日まで、4週間以上にわたって開催されました。
人権理の議題は、設立時に議題1から10まで定められており、その順で議論がなされます。各議題の下では、報告メカニズム(特別報告者や専門家グループ等)により、特定のテーマや特定の国に関する人権状況についての報告がなされます。その後、各国の発言が続き、それらを踏まえたコメントが報告メカニズムから寄せられます。まず、このように人権理では、インタラクティブ・ダイアログ(ID)とよばれる双方向の対話が多くなされることが特色です。また、理事国でない国や、NGOも議論に参加し、発言することができます。議論が、非理事国やNGOに開かれている点も人権理の特徴であると思います。第48回人権理事会では、例えば、議題3の下で、「現代的奴隷制」特別報告者として、小保方智也英国キール大学教授が報告を行い、日本も発言を行いました。
小項目毎の報告・対話の後、一般討論のセッションが設けられ、各国・NGOの発言がなされます。例えば、議題4の一般討論において日本は、アフガニスタン、ミャンマー、中国、北朝鮮の人権状況についての懸念を表明しました。
(当館HP:人権分野ステートメント)
【参考】人権理における議題
議題1 組織的および手続的問題
議題2 人権高等弁務官の年次報告書および高等弁務官事務所の報告書と事務総長の報告書
議題3 全ての人権、発展の権利を含む市民的、政治的、経済的、社会的および文化的権利の促進と保護
議題4 理事会の注意が求められる人権状況
議題5 人権機関と手続
議題6 普遍的定期審査
議題7 パレスチナおよび他のアラブ占領地域における人権状況
議題8 ウィーン宣言および行動計画の履行とフォローアップ
議題9 人種差別、ダーバン宣言及び行動計画の履行とフォローアップ
議題10 技術的支援と能力開発
(答弁権行使)
各議題において、ある国やNGOが特定の国の人権状況を取り上げることがあります。その発言内容に異議がある場合、言及された側の国が「答弁権」と呼ばれる権利を行使して反論することができます。そして、反論を受けた国もまた、答弁権を行使することが認められています。各国には答弁権行使の機会が2回保障されているので、本会合におけるA国の発言に対し、B国の1回目の答弁権行使、A国の1回目の答弁権行使、B国の2回目の答弁権行使、最後にA国の2回目の答弁権行使といった流れで進行します。日本も、日本政府の立場と相容れない発言がなされることがあります。このような場合、議長に対し、答弁権の行使を要求し、日本の立場に基づき反論しています。こうした答弁権の行使のセッションは、通常、一日の終わりか、個々の議題の終わりに行われます。限られた時間の中で、相手の主張を受け、どのような反論を組み立てるかも現場の外交官の重要な業務であり、醍醐味だと思います。
(決議)
会期の終盤では、決議案の採択を行います。第48回では、10月7日から11日にかけ、合計25本の決議案が採択されました。このように多くの決議が採択されるのはなぜでしょうか。
そもそも、決議とは、討議された特定の国やテーマに関する人権問題の一つ一つについての理事会としての意思表示に他なりません。この意味で、人権理は、決議の採択を通じ、決議に賛同した国々ひいては国際社会に対し、その問題に取り組むことを促しているといえますし、多数の決議が採択されるのは、国際社会がそれだけ多くの人権問題に関心を抱いていることの表れでもあります。
国際社会が人権問題に取り組むためには、独立調査委員会や特別報告者、専門家グループといった人権理事会の報告メカニズムを立ち上げたり、それを維持・強化することが効果的です。これ以外にも、途上国に対して、人権擁護の促進のための技術協力を行うことが効果的な場合もあります。このように、人権問題への取組方は多様ですので、決議には、どのような問題について、どのようなメカニズムが、どのような活動を、どのくらいの期間行うのかが具体的に記載されます。こうした決議に記載される報告メカニズムの具体的な任務の内容は、マンデートと呼ばれます。決議でマンデートを記載することは、報告メカニズムの活動に要する資金を特定する観点からも重要とされています。
近年は、人権に関連し、国際情勢の変化や、各国の人権に関する独自の考えを背景に新たなテーマが人権理に持ち込まれる傾向があり、第48回人権理では、「パンデミック下の若者の人権」といった決議が新たに採択されました。
(決議案採択の流れ)
決議案はどのような流れで採択されるのでしょうか。決議案は、ペンホルダーと呼ばれる国が起案し、単独で、あるいは、決議案に賛成する数カ国と共に人権理に提出します。決議案の起案や提出は理事国でなくとも可能です。決議案の提出(第48回人権理では9月29日でした)に先だって、提案国は、非公式協議を実施することとなっており、この非公式協議は全ての国に案内され、NGOも参加することができます。各国は、決議案提出前の非公式協議の場で、あるいは、決議案提出後も、書面や口頭での修正を提起することができます。このように人権理は決議案に関する議論においても開かれたフォーラムとなっているのが特徴的であると考えます。
会期の終盤に行われる決議案の採択では、まず、決議案について主提案国から説明が行なわれます。多くの決議は、全理事国の一致(コンセンサス)で採択されますが、コンセンサスによる採択を望まない理事国が、決議案を投票にかけることを要求することもあります。投票が要求された決議の採否は多数決によって決されます。
国連安全保障理事会のような拒否権を持つ国はなく、また、常任理事国の直接関わる議題がとりあげられないといったこともありません。人権理においては、こうした民主的ともいえる手続によって決議案の採択がされています。
【人権理事会会議場の様子(国連欧州本部内「RoomXX」(当館館員撮影))】
(特別理事会の開催)
年に3回の定例の会期期間外に人権状況の急激な悪化が生じた場合、人権理はどのような対応が可能でしょうか。理事会は16か国の賛同により特別理事会の開催を要請することができます。2021年は既にミャンマー、パレスチナ、アフガニスタン及びスーダンに関し特別会合が開催されました。人権理は、このような緊急の状況に際しても一定程度役割を果たしているフォーラムではないでしょうか。
(終わりに)
人権理では多くの決定がなされています。人権理は各国の利害がぶつかる国連外交の一部であり、その議論が政治的側面を有することは否めません。また、人権理が、各国に制裁を行ったりすることはできず、できることは報告メカニズムによる報告・対話や、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)を通じた技術協力など限定的です。一方で、人権理は、様々な考え方をもつ国々が、人権に関する様々なトピックを提起できる民主的で開かれたフォーラムであり、またその取組は、人権侵害に対する国際社会の透明性の確保、人権状況悪化の予防、あるいは安全保障上の懸念につながる事態について察知する上でも有益な面があるのではないでしょうか。
日本はこれまで、人権理での議論に積極的に参加し、深刻な人権侵害にはしっかりと声を上げ、その一方で「対話」と「協力」を基本として、人権擁護に向けた努力を行っている国には、自主的な取組を促す人権外交を進めてきました。こうした取組を微力ながら支えることが、世界の人権状況の改善につながればいいと思いつつ、日々の業務に取り組んでいきたいと考えています。