代表部の仕事:MPIA(多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント)の進展について
令和8年4月28日
MPIA(多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント)の進展について
谷本 芳朗 一等書記官
私は、令和4年6月に法曹資格者(2026年3月時点で弁護士登録抹消中)の一等書記官として当代表部に着任し、それ以来、代表部でWTO(世界貿易機関)の紛争処理の業務(いわゆる「WTODS」)を担当しています。本稿では、WTODSに関連して、多くのWTOメンバーが参加をしている多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)の制度の概略とその意義、及び近年の進展についてご紹介したいと思います。
(本稿は執筆者の個人的見解を示すものであり、日本政府の見解を示すものではありません。)
(歴史あるWTOの建物)
1.上級委員会の機能不全
WTOには、メンバー間の貿易紛争をWTOルールに基づいて解決するための準司法的制度があり、2審制が採用されております。1審目のパネル(小委員会)と2審目の上級委員会という建付になっており、紛争の当事国は、パネルの法的判断に不満がある場合には、法律審である上級委員会に上訴の申立をすることができます。
このような2審制がとられてきましたが、上級委員会の判断が積み重なる中で、米国を中心として一部のメンバーに、WTO設立時にメンバーで合意された本来の権限を越えた判断を上級委員会が行っているとの不満が募ることになりました。最終的には米国が、DSB(紛争解決機関)において新規の上級委員の選任案のコンセンサスを常に拒否するに至り、2020年12月には、全ての上級委員が空席となり、上級委員会は機能不全となりました。
メンバーには、パネルの判断を上訴する権利が担保されているところ、紛争当事国がパネルの判断の上訴を機能不全の上級委員会に行い、結果として紛争が無期限に未解決で留め置かれる、いわゆる「空上訴」という状態が発生することになりました。
(1)DSU(紛争解決了解)第25条の仲裁に基づくこと
MPIAを利用した上訴審は、DSU第25条を活用した仲裁です。すなわち、(WTOの枠の外で)上級委員会のような新たな制度を作った訳でありません。
(2)制度的設計
MPIAとは、上訴審としてDSU第25条の仲裁を活用する同意を各メンバーが宣言することであり、したがって、当事国間の法的な約束ではありません。メンバーが新たに、MPIAに入る場合には、DSBにその旨を通報することで足りるように設計がされています。
(3)上級委員会との共通点と相違点
MPIAの手続については、多くが、上級委員会手続規則を準用しており、審理や書類の提出について上級委員会と同様の方法が採られています。報告書の発出期限である90日という期限も同様に規定されています。相違点としては、MPIAは、あくまで仲裁である点や、上級委員会は委員が7名であるのに対して、MPIAでは仲裁人候補者が10名選任されることになっている点です(なお、この10名の候補者のうちシステムで選出された3名の仲裁人が一つの案件に当たることになります。)。
3.日本の対応と代表部の対応
日本はこれまで、上級委員会を含むWTO紛争解決の回復に尽力してきましたが、上級委員会の上記機能不全が続いている状況を踏まえて、2023年3月にMPIAに入ることを決定し、DSBに加入の通報を行いました。
MPIAは、設立時のメンバーが合意をした手続に関する文書が存在しますが、個別の論点が出るたびに調整しなければいけません。例えば、2025年の仲裁人団の改選の際には、改選の方法や改選数などをメンバーで議論してきました。私も、日本の立場を主張しつつ、他国と調整しました。その結果、2025年7月には、仲裁人団の半数の改選が実施され、我が国が推薦した荒木一郎横浜国立大学名誉教授を含む新たなMPIA仲裁人団が構成されるようになりました。
4.参加メンバーの増加とMPIAの今後の重要性
MPIAは、豪州、ブラジル、カナダ、中国といった47メンバーで始まり、2026年3月27日時点で60メンバーが加入しています(EU構成国27を含む)。特に、MC13(2024年の第13回WTO閣僚会合)後は、7メンバーが加入し、多くのメンバーが更に加入を検討している状況です。
また、これまでMPIAによる上訴仲裁は、コロンビア-冷凍フライドポテトに対するアンチ・ダンピング措置(DS591)と中国―禁訴令(DS611)という2件しかありませんが、前者については、AD協定第 17.6 条(ii)、後者については、TRIPS協定に関する重要な論点を判断しています。
5.終わりに
非MPIAメンバーとの紛争については、空上訴が行われ、結果として多くの案件が塩漬けされていますし、WTOにおいてパネルが設置される案件数も大幅に減っています。WTO紛争解決システムは、個々のメンバーの経済力や政治力に基づく交渉力というファクターを超えて紛争を解決できる国際社会における数少ないシステムです。このような法による解決のシステムを担保しつづけることが、今後の日本の国益に叶うと考えて、MPIAの一層の発展のために尽力しています。
他方で、一部のメンバーは、MPIAがWTO紛争解決システムの回復の議論を阻害するリスクがあると批判的な立場を取っています。日本は、様々な考慮を踏まえて、2020年のMPIA設立時に加入せず、2023年に事後的にこれに入ったメンバーです。日本のこのような立場を踏まえて、引き続き、非MPIAメンバーとMPIAの架橋になることが、日本として制度発展に寄与できる方策ではないかと考えます。
(本稿は執筆者の個人的見解を示すものであり、日本政府の見解を示すものではありません。)
(歴史あるWTOの建物)

WTOには、メンバー間の貿易紛争をWTOルールに基づいて解決するための準司法的制度があり、2審制が採用されております。1審目のパネル(小委員会)と2審目の上級委員会という建付になっており、紛争の当事国は、パネルの法的判断に不満がある場合には、法律審である上級委員会に上訴の申立をすることができます。
このような2審制がとられてきましたが、上級委員会の判断が積み重なる中で、米国を中心として一部のメンバーに、WTO設立時にメンバーで合意された本来の権限を越えた判断を上級委員会が行っているとの不満が募ることになりました。最終的には米国が、DSB(紛争解決機関)において新規の上級委員の選任案のコンセンサスを常に拒否するに至り、2020年12月には、全ての上級委員が空席となり、上級委員会は機能不全となりました。
メンバーには、パネルの判断を上訴する権利が担保されているところ、紛争当事国がパネルの判断の上訴を機能不全の上級委員会に行い、結果として紛争が無期限に未解決で留め置かれる、いわゆる「空上訴」という状態が発生することになりました。
2. MPIAについて
上級委員会が停止する状況を踏まえて、EU等の一部のメンバーが、上級委員会が完全に機能するまでの間に限り、仲裁の形式で上訴審を行うというメンバーの合意( Multi-Party Interim Appeal Arbitration Arrangement、いわゆるMPIA)を2020年4月に立ち上げました。MPIAについてのキーポイントは以下の点にあります。 (1)DSU(紛争解決了解)第25条の仲裁に基づくこと
MPIAを利用した上訴審は、DSU第25条を活用した仲裁です。すなわち、(WTOの枠の外で)上級委員会のような新たな制度を作った訳でありません。
(2)制度的設計
MPIAとは、上訴審としてDSU第25条の仲裁を活用する同意を各メンバーが宣言することであり、したがって、当事国間の法的な約束ではありません。メンバーが新たに、MPIAに入る場合には、DSBにその旨を通報することで足りるように設計がされています。
(3)上級委員会との共通点と相違点
MPIAの手続については、多くが、上級委員会手続規則を準用しており、審理や書類の提出について上級委員会と同様の方法が採られています。報告書の発出期限である90日という期限も同様に規定されています。相違点としては、MPIAは、あくまで仲裁である点や、上級委員会は委員が7名であるのに対して、MPIAでは仲裁人候補者が10名選任されることになっている点です(なお、この10名の候補者のうちシステムで選出された3名の仲裁人が一つの案件に当たることになります。)。
3.日本の対応と代表部の対応
日本はこれまで、上級委員会を含むWTO紛争解決の回復に尽力してきましたが、上級委員会の上記機能不全が続いている状況を踏まえて、2023年3月にMPIAに入ることを決定し、DSBに加入の通報を行いました。
MPIAは、設立時のメンバーが合意をした手続に関する文書が存在しますが、個別の論点が出るたびに調整しなければいけません。例えば、2025年の仲裁人団の改選の際には、改選の方法や改選数などをメンバーで議論してきました。私も、日本の立場を主張しつつ、他国と調整しました。その結果、2025年7月には、仲裁人団の半数の改選が実施され、我が国が推薦した荒木一郎横浜国立大学名誉教授を含む新たなMPIA仲裁人団が構成されるようになりました。
(WTOから見えるレマン湖の風景)

4.参加メンバーの増加とMPIAの今後の重要性
MPIAは、豪州、ブラジル、カナダ、中国といった47メンバーで始まり、2026年3月27日時点で60メンバーが加入しています(EU構成国27を含む)。特に、MC13(2024年の第13回WTO閣僚会合)後は、7メンバーが加入し、多くのメンバーが更に加入を検討している状況です。
また、これまでMPIAによる上訴仲裁は、コロンビア-冷凍フライドポテトに対するアンチ・ダンピング措置(DS591)と中国―禁訴令(DS611)という2件しかありませんが、前者については、AD協定第 17.6 条(ii)、後者については、TRIPS協定に関する重要な論点を判断しています。
5.終わりに
非MPIAメンバーとの紛争については、空上訴が行われ、結果として多くの案件が塩漬けされていますし、WTOにおいてパネルが設置される案件数も大幅に減っています。WTO紛争解決システムは、個々のメンバーの経済力や政治力に基づく交渉力というファクターを超えて紛争を解決できる国際社会における数少ないシステムです。このような法による解決のシステムを担保しつづけることが、今後の日本の国益に叶うと考えて、MPIAの一層の発展のために尽力しています。
他方で、一部のメンバーは、MPIAがWTO紛争解決システムの回復の議論を阻害するリスクがあると批判的な立場を取っています。日本は、様々な考慮を踏まえて、2020年のMPIA設立時に加入せず、2023年に事後的にこれに入ったメンバーです。日本のこのような立場を踏まえて、引き続き、非MPIAメンバーとMPIAの架橋になることが、日本として制度発展に寄与できる方策ではないかと考えます。
(DSBに出席する筆者)

