代表部の仕事:「主張する日本」を目指して(IOMとウクライナ情勢関連の交渉を通じて)

令和6年2月6日
「主張する日本」を目指して
(IOMとウクライナ情勢関連の交渉を通じて)
北野 恭央 一等書記官
 
 私は、令和元(2019)年11月から在ジュネーブ国際機関日本政府代表部に赴任し、移住と人道に関する国連機関に加え、2022年2月に勃発したウクライナ問題に関する議論や交渉を複数の国連機関で担当してきました。それらの活動の概要をお伝えします。
(本稿は執筆者の個人的見解を示すものであり、日本政府の見解を示すものではありません。)
 

 
1.移住問題(国際移住機関(IOM))
(1)概要

 一般に移住というと、時に国境を越えてある場所から違う場所に移動し定住するというイメージがありますが、それ以外にも一時的な居住地の変更、居住地を持たず生活の場を転々とすることも含まれます。その要因は、大きく分けて、(1)より豊かな生活や収入を求め移住する場合や、(2)気候変動、自然災害に加え、政治的・人的災害や紛争などが原因で国内或いは国外に移住・避難する場合が主たるものです。

 前者(1)との関係では、最も典型的な例は、海外への出稼ぎがあり、例えば、東南・南アジア諸国から中東などへの出稼ぎ者による送金額は国家のGDPの2割から3割に達しています。世界的に見るとOECDによると、2017年の世界全体のODA額は約1900億ドルであったのに対し、個人による海外送金は約4300億ドルとなっており、ODAの額を大きく上回っています。これからも、特に発展途上国の経済にとって極めて重要な役割を担っていくと思います。また、日本においても、近年、外国人による国内での技術移転や労働が増えており、日本のグローバル化が進む中で私たちにとっても移民問題は身近なものになってきています。

 後者(2)との関係では、例えば、約10年前に、紛争や干ばつなどにより住居を追われた十万人以上の人々が、密航者の手引きにより、リビアから地中海を渡り着の身着のままで小型ボートにすし詰めになってヨーロッパを目指していることが大きく報道され、ご存じの方も多いと思います。こうした人々は、海上や上陸した国で保護される一方で、不幸にも航海途中で亡くなった方も多く、亡くなった児童が海岸に打ち上げられている痛ましい例もありました。最近も、干ばつや治安の悪化などで故郷を追われ地中海を渡ろうとする人々の数が再び増加しつつあります。また、世界銀行の報告によると、気候変動が原因で2050年までに世界の6地域で2億1600万人が国内で移住を余儀なくされるとされており、今後、益々対応が求められます。

 国際移住機関   International Organization for Migration (IOM)  は、1951年に欧州移住政府間委員会(ICEM)という国際機関として設立されましたが、それは、第二次世界大戦後にヨーロッパ各国で難民・避難民となった人々の米国等への移住の組織的な支援を目的としていました。その後、ハンガリー動乱やチェコ・スロバキアでの紛争、ベトナム戦争終結後のインドシナ3国からの難民流出、アフガニスタン危機、湾岸戦争、旧ユーゴスラビア紛争、シリアやミャンマーの混乱など、世界各地の情勢の変化に伴い移住を余儀なくされた人々への現地での支援や第三国への移住などを支援しています。また、災害などで被災し家を追われた人々に対する人道支援も行っています。IOMは、2016年に国連関連機関となり、現在、世界171ヵ国、550以上の事務所を通じて約2万人の職員が移民や移住に関する様々な支援・活動を行っています。現時点の加盟国数は175ヵ国となり、日本は1993年に加盟しました。日本政府は、IOMを通じて、災害等の発生時の緊急支援、気候変動による避難民への支援やその発生の予防などの人道・開発支援に加え、タイやマレーシアに滞在する難民の日本での定住や日本国内で保護された人身取引被害者の保護などを行うなど、IOMは重要なパートナーです。

(2)分担金増額交渉
 世界的な移民の増加などに伴いIOMの事業支出は、過去5年間に30%以上増加したものの、本部や地域事務所などの間接部門の予算の核となる加盟国からの分担金は2013年の合意の水準のままであったため、安定した予算確保が課題となっていました。こうした中で、2020年から2022年まで加盟国からの分担金の増額に関する交渉が行われました。

 この中で、日本は、透明性のある議論を通じ加盟国が納得して合意形成ができるようにすべく、必要な資料の提供と説明を求めるなど、議論を進めるために積極的に発言を行ってきました。

 また、コロナ禍による経済停滞の影響に伴い各加盟国の歳入が減少する中で、国連の分担金の分担率に基づき各加盟国に公平な負担を求める分担金の増額のみで不足分をカバーすることは、経済が脆弱な途上国により多くの追加的な負担をかけ、かえって更なる移民や、避難民の発生を招きかねないことから、分担金以外のオプションを通じた不足分の確保の方途についても具体的な提案を行い、合意案を起案する少数国グループにも参加し起案にも貢献しました。こうした努力も一助となり、2022年の総会において、分担金等の増額に関する決定がなされました。積極的に交渉に関与し合意に貢献することができたことにより、大きな喜びを感じました。
 

発言の様子(移住政策に関する国際フォーラム)


意見交換の様子(アメリカ(右手前)、インド(左手前)、オーストラリア(左奥)の担当とともに(筆者右奥))


モハメド・ファラーIOMグローバル親善大使(※)を交えたランニングイベントの様子(左からエイミーポープIOM事務局長、ファラー親善大使、筆者)

※ソマリア出身で人身売買でイギリスで発見された。中・長距離種目の世界的ランナーでロンドンオリンピック金メダル2つ獲得。2023年11月からIOMのグローバル親善大使。
 
2.ウクライナ情勢
 2022年2月24日、ロシアが、ウクライナへの軍事行動を開始し、翌25日、外務省は、この軍事行動が明らかにウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反であり国連憲章の重大な違反であること、力による一方的な現状変更は断じて認められないこと、国際社会の秩序の根幹を揺るがす極めて深刻な事態であるとして、ロシアを強く非難し、即時に攻撃を停止し部隊をロシア国内に撤収するよう強く求めています。

 また、2023年、日本はG7議長国として、ウクライナ問題を主要なテーマとし、5月のサミットにおいては、G7として、ウクライナに対して外交、財政、人道、軍事支援を必要な限り提供するという揺るぎないコミットメントを着実に実施していくことで一致するとともに、ウクライナに平和を取り戻し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜いていくことの決意を確認しています。

 こうした中で、ロシアによる軍事行動の開始後、当地に本部を置く国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)、世界保健機関(WHO)、世界知的所有権機関(WIPO)、国際労働機関(ILO)、国際電気通信連合(ITU)などの会合において、ロシアやウクライナに関わる決議案が提出されました。日本は、ウクライナやG7を始めとする各国と協力・連携しながら、上記の我が国の立場を踏まえつつ、これらに関する議論や決議等における文言上の貢献や、各国の理解を得るための働きかけなどを行いました。

 ロシア・ウクライナ問題という政治的にも関心が高い問題に対して、政府の方針を踏まえ現場で交渉などに関わることに重責を感じるものの、ウクライナや主要国と連携しつつ共通の目的に向かい協力すること、そして方針に沿った成果が出た時の喜びは大きくやり甲斐を感じます。
 

大使公邸での当地ウクライナ代表部関係者との交流の様子
 
3.おわりに
 私は、ジュネーブにおいてIOMを含む幾つかの国連機関の様々な側面を理解し議論や交渉に関わる一方で、世界情勢の動きを受けた政治的な議論や交渉などを通じ、日本のマルチ外交の一端を担うことができたことは貴重な経験となりました。ただ、こうした活動は、大使、公使をはじめとした代表部の関係者や外務本省の担当部署などとの連携や協力があってこそであったと思います。

 また、代表部での経験は、様々な外交業務に生かせるものだと思います。今回の経験を生かして、我が国や国際社会の利益に向けた外交活動に引き続き取り組みたいと思います。