代表部の仕事:WTO漁業補助金交渉
令和4年5月17日
WTO漁業補助金交渉
十二 康典 一等書記官
1.はじめにWTO(世界貿易機関)では、既に合意されたWTO協定(国際ルール)の運用が行われると同時に、新たなルールの策定に向けた加盟国間の交渉も行われています。様々な交渉分野がありますが、本稿では、私が担当する漁業補助金交渉についてご紹介します。
2.WTOと漁業補助金
タイトルをご覧になって、「漁業」や「補助金」と貿易ルールを担うWTOとの間にどのような関係があるのか不思議に思われたかもしれません。WTOと言えば、関税、輸入数量制限など貿易の対象となる物品やサービスに関する水際の規制に関するルールを扱うイメージが強いと思われます。しかし、WTO協定を眺めると補助金や国内制度に関するルールがあることに気付きます。なぜでしょうか。各国の国内ルールは輸入される物品にも適用されますし、補助金の有無は輸出入のしやすさにも関係します。このような意味で、補助金や国内制度は貿易にも影響を与えていると言えます。現在のWTOのルールブックにも、補助金と相殺関税に関する協定(国内補助金に関するルール)やTBT協定(製品の規格に関する国内規制についてのルール)、SPS協定(動植物の検疫制度に関するルール)などが含まれており運用されています。
ところで、最近、世界の海で魚が減っている、違法な漁業により乱獲が進んでいるといったニュースを目にされたことはないでしょうか。世界には、適切に管理されないままに漁業が行われ魚が減少している事例が報告されています。この背景には、不十分な漁業の管理に加えて、政府が漁業者に対して給付する補助金が過剰な漁業活動を促しているとの指摘もあります。WTOでは、2001年以降、補助金が漁業資源に対し与える悪影響を防ぐため、漁業に対する補助金にルールを設けるべく全WTO加盟国での交渉を続けています。2015年に国連で合意されたSDG14(海の豊かさを守ろう)においても、漁業に関する他の目標とともに漁業補助金のルール作りが明記されています。
3.ルール作りの難しさ
もし補助金が漁業資源に悪いならば、単純に補助金を禁止すれば済むのではとの意見もあるかもしれません。残念ながら、それほど単純な話でもありません。現実には、様々な国が異なる政策目的を実現するため、漁業政策の一環として補助金を交付しています。発展途上国では、漁業は収入や雇用を支える基幹産業、国民の栄養摂取に不可欠な食料を供給する産業であり、国の支援が必要ということもあるでしょう。また、日本のように自然災害の多い国では、地震や津波などの被害を受けた沿岸地域の漁業を復旧・復興するサポートも不可欠です。さらに、そもそも漁業が科学的データに基づき適切に管理されているか否かによっても補助金の影響は変わるでしょう。このように漁業や漁業補助金を取り巻く状況は千差万別であり、全てのWTO加盟国が遵守するルールの整備は容易でないことはご想像いただけると思います。
4.国際交渉と日本
漁業に馴染みがないと思われる方は多いかもしれません。他方で、ランチのお弁当や居酒屋で提供される魚料理、旅行の際に味わう地元の海鮮丼、おせち料理やハレの日に食べる鯛など、水産物は日本人にとって欠かせない食材の一つで、日本文化、食文化の大切な主役であることは広く共有されています。このような我が国にとって大切な海の恵みを将来世代にわたって享受するためには、国として、漁業資源の適切な管理のための取組を進めるとともに、安定的に漁業が営まれるための施策を進めることが必要です。特に漁業資源の管理は重要であり、国の政策だけではなく、全国各地の漁業者の皆さん、水産業に携わる皆さんの不断の努力の上に成り立っています。
日本としては、WTOで決まるルールがこのような我が国の漁業・漁業政策を十分に踏まえたものとなるように日々交渉に参加しています。WTOに限らず国際交渉では、会議室で自国の意見を述べることも重要ですが、同じ志や意見を持つ他国と連携して、我が国の意見がより反映されやすくする状況を会議室の外で作り出すこともとても重要です。より多くの国が支持する意見の方が注目を得やすいからです。関係国と事前調整を行い会議に臨むことで、「日本の発言を支持する」、「日本の提案をテキストに反映すべきだ」といった発言が他国から続き、交渉において流れを引き寄せインパクトを与えることができます。このように国際交渉は、ゲームの流れを見極めチームプレーも必要とされる点で、サッカーにも似た面もあります。ここジュネーブでは、各国外交官との意見交換を通じて、世界各国の交渉ポジションやその背後にある漁業・漁業政策について情報収集するとともに、東京の漁業政策の専門家との連携の下、情報分析して、交渉での次の一手を検討し、実行する活動が行われています。
交渉会合風景(©WTO)
SDGsが策定されてから、交渉は活発に行われており、具体的なルール案に基づく議論が続いています。海のない国スイス・ジュネーブで漁業や世界の海の資源を巡る交渉が行われている、本稿を通じてその一端をご理解いただけたら幸いです。