代表部の仕事:ルール(規則)vs非関税障壁
令和5年6月22日
ルール(規則)vs非関税障壁
谷原 智仁 二等書記官
1 はじめに
現在代表部において私が担当する仕事の一つにWTO(世界貿易機関)の原産地規則委員会があり、その中で扱われる議題の一部としてLDC(後発開発途上国)が抱える課題への対応について議論を行っております。このような、LDCを始めとする途上国への開発や支援は、貿易政策を進めていく上で欠かすことのできない重要な要素の一つであることから、本稿において紹介させていただきたいと思います。
2 背景
まず原産地規則とは、輸入される貨物の原産地(=国籍)を決定するためのルールです。これは貿易上の様々な目的において用いられ、例えば、貿易統計の作成や、貿易救済措置(アンチダンピング、相殺関税、セーフガード等)の適用、一般特恵関税制度(GSP)や経済連携協定(EPA)等により特定の国に対して供与される特恵関税(一般の関税率よりも低い税率)を適用する際などはこの原産地規則に従って行われます。
また、原産地規則には、その国の原産品であることを認定するための基準や、その基準を満たすことを輸入手続において税関に申告する上で必要な事項が含まれており、国内法又はEPA等の国際約束において規定されています。そして当該規定により、貨物の原産国が決定されます。例えば、フィリピンで収穫されたバナナを輸入する場合は、もちろん「フィリピンの原産品」と言えますが、ではフランスで収穫されたぶどうをスイスで醸造し、イタリアでボトル詰めされ、途中工程においてドイツで作られた酸化防止剤を使用したワインを輸入する場合、そのワインの原産国はどこになるのでしょうか。サプライチェーンのグローバル化が進むにつれて、貨物が複数の国にわたって生産されることが多い状況の中で、上述のように輸入時に適用される関税率の決定にも直接影響する原産地規則が適切に運用されることが不可欠です。
WTOではこれまで、2005年の香港閣僚宣言において開発側面として97%以上のLDC諸国を原産国とするLDC産品に対する無税無枠の供与が合意され、その後、2013年にバリで2015年にナイロビでそれぞれ開催された閣僚会合において、LDCが当該無税無枠の関税上の恩恵を受ける上で市場アクセスの障壁となり得る原産地規則に関し、特恵供与国側が考慮すべき幾つかの要素について合意に至りました。またこれらの合意事項のフォローアップとして、WTO原産地規則委員会において、特恵供与国が提出する特恵利用率(貨物輸入時に特恵税率が適用された割合)等の情報を踏まえつつ、バリ及びナイロビ閣僚決定の実施状況についてレビューが行われています。

会合の様子(©WTO)
3 現状と課題
原産地規則委員会における当該レビューでは、LDCから特恵供与国に向けて輸出された貨物が、輸入者が一定の手続きを行うことで特恵税率を適用できた可能性があるにも関わらず、何らかの理由により実際には関税を支払い、通関が行われている場合に着目し、当該輸入国の原産地規則が不必要に非関税障壁となっていないか、また合理化する余地がないかといった点について議論が行われています。
ここで、貨物が原産品と認められる基準について少し詳しく見ると、例えば、どの程度の加工や変更が輸出国において加えられる必要があるのか、特恵の適用が認められるためには、輸入申告の際にどのような手続により税関に対して証明する必要があるのかといったことなどが具体的に規定されていますが、その基準や内容は、輸入が行われる国や貨物の種類により異なります。そこで各特恵供与国における輸入統計データを同一品目に対して比較した場合に、A国の方がB国よりも特恵税率の利用率が低ければ、それはA国の原産地規則が複雑なことが原因ではないか、原産性を証明する上で手続が煩雑で輸入者に必要以上の負担が生じていないか等、会議の中では様々な側面から改善の可能性に向けた意見が挙がります。
他方で、LDC特恵を利用する上で事業者負担や妨げとなり得る要素をとにかく簡素化したり緩和すれば良いかと言うと、そうとも限りません。例えば、LDCにおける加工が軽微なものであっても原産性が認められる場合を想定します。極端な例かもしれませんが、C国において醸造され、ボトル詰めされたワインをLDC(D国)に一度輸出し、D国ではラベル貼りのみを行ったにも関わらず、特恵供与国(E国)で輸入する際にはD国(=LDC)の原産品として特恵税率を認める場合を考えます。E国においてワインは重要な国内産業であり、一般の税率で高関税を設定している一方で、LDCの貿易促進のためにLDC産品には特恵税率(無税)を供与している場合、より低い関税を適用してワインをE国に輸出するために、LDCを経由してそこでラベル貼りという軽微な加工を施してから関税無税でE国に輸入されるケースが増えるかもしれません。このようなケースでは貿易上のルールである原産地規則が形骸化した状態となってしまい、E国における産業保護や安全保障のための貿易管理や関税政策が、適切に機能しない状況になりかねません。もちろん、それとは逆に原産地規則を満たすことがあまりに厳しい場合、LDCから特恵供与国への市場アクセス上の大きな障壁となり、本来LDCの開発促進として合意されたはずの無税無枠の恩恵が、名目だけで実を伴わず意味をなさなくなってしまいます。
そのため、原産地規則の改正には副次的効果によるリスクを伴うため、規則として本来期待される機能は維持されつつも、事業者が使いにくく理解が困難な非関税障壁とならないように考慮されたものである必要があります。
4 目的意識を持った議論
原産地規則は、貨物の通関手続或いは貿易政策上の一部に過ぎないかもしれませんが、その中には合理化に向けた様々な要素が含まれています。それを追求する上では、何のための議論や検討を行っているのかを常に忘れないようにすることが重要だと思っています。LDCが抱える課題に対応するものか、貿易関係者にとって使い易い規則か、国内産業が適切な形で保護されるか、意図する政策目標に近づけるかなど検討の背景には必ず目的が存在します。WTO原産地規則委員会においては会議の内外で各国の担当官とLDCが抱える課題解決に向けた意見交換が様々な観点から行われますが、その際、各議論に集中するあまりに近視眼的発想にならないように、その先にある目的を常に意識することが、より的を得た政策に繋がるものと思っています。
今日では、貿易と環境や、デジタル貿易等の現代的な論点が注目される一方で、長年にわたり議論されてきた分野においても引き続き改善や合理化に向けた課題は残されています。WTO原産地規則委員会で行われている議論もその一つとしてあり、本稿にて紹介させていただきました。これを読まれる方にとって何かの形で参考になりましたら幸いです。
※本稿は執筆者個人の責任で発表するものであり、日本政府としての見解を示すものではありません。