代表部の仕事:COP27(気候変動枠組条約締約国会議)の交渉とジュネーブから出席する意義
令和4年12月7日
COP27(気候変動枠組条約締約国会議)の交渉とジュネーブから出席する意義
水信 崇 一等書記官
1.はじめに
エジプト・シャルムエルシェイクで開催された第27回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)が、会期延長の末、シャルムエルシェイク実施計画を含む会議決定を採択し、11月20日未明に閉幕しました。COP27は、英グラスゴーで開催されたCOP26に続く会議で、COP25が緊急的にチリからスペイン・マドリードに開催地が変更されたことにより6年振りの開発途上国での開催となりました。今回のCOP27でロス&ダメージ(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)に関する基金ファシリティの設立が採択されたことで、先進国と開発途上国の間の協力関係を維持し、世界各国が温室効果ガスの排出削減に向けたモメンタムを一定程度維持することができました。本稿では、私が担当したロス&ダメージの資金調達に関する議論を振り返るとともに、ジュネーブ日本政府代表部の職員が交渉担当としてCOPに参画する意義についても紹介したいと思います。(本稿は執筆者の個人的見解を示すものであり、日本政府の見解を示すものではありません。)
2.COP交渉の背景と我が国にとっての意味
気候変動枠組条約は1992年5月に採択され、1994年3月に発効しました(締約国数:198か国・機関)。同条約は、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素、メタンなど)の濃度を安定化させることを究極の目的とし、本条約に基づき、1995年から(コロナ禍の2020年を除いて)毎年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されています。先進国と途上国、途上国の中でも新興国(中国、インド、ブラジル、メキシコ等)と後発途上国、島嶼国とで主張が大きく異なる中、先進国のホームであるイギリス・グラスゴーで開かれた前回COP26では、世界各国の温室効果ガスの具体的な排出削減ルール(パリ・ルールブック)が完成したことで、先進国目線では大きな成果を得られた会議となりました。このため、開発途上国がホームとなる今回のCOP27では、開発途上国側がCOP26において得られなかったロス&ダメージに関する資金ファシリティの設立の決定という成果を強く求め、一方的に先進国側に譲歩を迫るという状況でした。
我が国は、中国、米国、EU、インド、ロシアに次いで世界第6位の温室効果ガスの排出国(地域)でありつつ、中国、米国、EUに次ぐ世界第4位の国内総生産(名目GDP)を誇る国でもあります。世界各国に温室効果ガス排出削減の協力を求めつつ、自国経済の安定・向上と国内排出削減の取組強化の同時達成を目指していくことはもちろん重要なのですが、開発途上国から見た場合の我が国は、世界有数の技術保有・支援ドナー国でもあります。このため、開発途上国との協力関係を維持しながら彼らの地で効果的な温室効果ガスの削減事業を行うことは、我が国の温室効果ガス削減に直結する大きなチャンスであり、途上国に排出削減の取組をあきらめさせないモメンタムの維持の観点からも非常に重要であるといえます。このような途上国での事業支援は、我が国の外交においても、日に日に重要性が増しているように感じます。
3.COP26での経験と反省
私は、2021年3月にジュネーブの日本政府代表部に環境アタッシェとして着任し、気候変動、廃棄物輸出入管理や水銀・化学物質等の管理に関する交渉の最前線を担当する他、東京からの要請に応えCOP26とCOP27に応援として交渉に参加しています。
COP26では、交渉の議論の中心はパリ・ルールブックの完成であり、この課題の交渉成否に世界各国の注目が集まりました。他方、COP26で私が参加していた交渉議題であるLDCs(後発開発途上国対応)とロス&ダメージは、上記のパリ・ルールブックの議題の裏番組的に議論が同時並行して進み、先進国及び開発途上国間の支援の具体的な方法について議論が交わされました。
そして、第二週目に入り突如途上国からロス&ダメージの資金ファシリティの設立を求める意見が出されることにより、COPにおける大きな論点として浮上しました。COPは「気候変動対策で誰も取り残さない」という精神に基づき、全締約国のコンセンサスにより会議決定が採択されています。このため、途上国の目線では、先進国だけ成果を得るCOPにするのではなく、パリ・ルールブックの完成との取引条件として、新たな資金源の獲得を目指しにいったのではないかと私は推測しています。もちろん、新たな資金ファシリティの設立には巨額の資金が必要であり、「いつ、だれが、どのような事業を、どこで、いつまで行うか。成果をどう判断するか。」という議論が全般的に欠けており、結果として議論を補う対話の場を「グラスゴー・ダイアログ」として設定し、2024年まで議論を行うことが決まりました。
2.COP交渉の背景と我が国にとっての意味
気候変動枠組条約は1992年5月に採択され、1994年3月に発効しました(締約国数:198か国・機関)。同条約は、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素、メタンなど)の濃度を安定化させることを究極の目的とし、本条約に基づき、1995年から(コロナ禍の2020年を除いて)毎年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されています。先進国と途上国、途上国の中でも新興国(中国、インド、ブラジル、メキシコ等)と後発途上国、島嶼国とで主張が大きく異なる中、先進国のホームであるイギリス・グラスゴーで開かれた前回COP26では、世界各国の温室効果ガスの具体的な排出削減ルール(パリ・ルールブック)が完成したことで、先進国目線では大きな成果を得られた会議となりました。このため、開発途上国がホームとなる今回のCOP27では、開発途上国側がCOP26において得られなかったロス&ダメージに関する資金ファシリティの設立の決定という成果を強く求め、一方的に先進国側に譲歩を迫るという状況でした。
我が国は、中国、米国、EU、インド、ロシアに次いで世界第6位の温室効果ガスの排出国(地域)でありつつ、中国、米国、EUに次ぐ世界第4位の国内総生産(名目GDP)を誇る国でもあります。世界各国に温室効果ガス排出削減の協力を求めつつ、自国経済の安定・向上と国内排出削減の取組強化の同時達成を目指していくことはもちろん重要なのですが、開発途上国から見た場合の我が国は、世界有数の技術保有・支援ドナー国でもあります。このため、開発途上国との協力関係を維持しながら彼らの地で効果的な温室効果ガスの削減事業を行うことは、我が国の温室効果ガス削減に直結する大きなチャンスであり、途上国に排出削減の取組をあきらめさせないモメンタムの維持の観点からも非常に重要であるといえます。このような途上国での事業支援は、我が国の外交においても、日に日に重要性が増しているように感じます。
3.COP26での経験と反省
私は、2021年3月にジュネーブの日本政府代表部に環境アタッシェとして着任し、気候変動、廃棄物輸出入管理や水銀・化学物質等の管理に関する交渉の最前線を担当する他、東京からの要請に応えCOP26とCOP27に応援として交渉に参加しています。
COP26では、交渉の議論の中心はパリ・ルールブックの完成であり、この課題の交渉成否に世界各国の注目が集まりました。他方、COP26で私が参加していた交渉議題であるLDCs(後発開発途上国対応)とロス&ダメージは、上記のパリ・ルールブックの議題の裏番組的に議論が同時並行して進み、先進国及び開発途上国間の支援の具体的な方法について議論が交わされました。
そして、第二週目に入り突如途上国からロス&ダメージの資金ファシリティの設立を求める意見が出されることにより、COPにおける大きな論点として浮上しました。COPは「気候変動対策で誰も取り残さない」という精神に基づき、全締約国のコンセンサスにより会議決定が採択されています。このため、途上国の目線では、先進国だけ成果を得るCOPにするのではなく、パリ・ルールブックの完成との取引条件として、新たな資金源の獲得を目指しにいったのではないかと私は推測しています。もちろん、新たな資金ファシリティの設立には巨額の資金が必要であり、「いつ、だれが、どのような事業を、どこで、いつまで行うか。成果をどう判断するか。」という議論が全般的に欠けており、結果として議論を補う対話の場を「グラスゴー・ダイアログ」として設定し、2024年まで議論を行うことが決まりました。

【COP26インフォーマル・コンサルテーションでの一幕(筆者中央左)】
コンセンサス方式を用いる会議での先進国と開発途上国の間の交渉では、構造的に「囚人のジレンマ」に陥りやすいことが指摘されています。これは経済用語で、互いの情報がわからない2人が牢獄の中で、囚人間の「協力(黙秘)」「非協力(自白)」を選択するのですが、「自分が協力して、相手が協力しない場合は最悪の結果になる」という条件設定の下では、誰もが「非協力」を選択し、協力し合う結果が一番よい結果であることはわかっていても、セカンド・ワーストの結果になってしまうことが指摘されています。
貴重な国税を使途及び効果が不透明な事業に拠出することは断じて許されません。他方、両者が課題を認識し、協力的な関係を築きながら改善案を模索することは可能であるため、個人としては、協力的な姿勢を保ちながら必要なメッセージを伝え、理解してもらうことが重要であると感じました。私は、ジュネーブでの1年半の経験を経て、メッセージの発信方法を工夫するようになりました。
4.ジュネーブでの子育て経験が国際交渉にもたらすもの
ジュネーブはスイスの都市の中で最も外国人割合が高いことで知られており、人口のほぼ半分(47.8%)はスイス国籍を持ちません。私の娘が通う小・中学校も、周辺に国連関係機関が集積する土地柄を背景として、実に106の国籍の子女が通っています。当然、小学校の保護者会、PTA会では父兄間の交流があり、私はこうしたパパ友同士の交流・意見交換を通じて、途上国の外交官の内情を知ることができました。
彼らは途上国内の有力な政治家・官僚、実業家の子女であることが多く、大学又は大学院で欧米に留学していることにより、英語が流ちょうであることはもちろん、先進国における意見形成のやり方もよく理解しています。他方、彼らが最重視する関心事は、国内の政情安定による経済開発であり、特に最貧困層の不満が政府に向かないよう注意を払っているように感じました。私は、彼らとの交流を通じ、彼らが先進国に対するコペンハーゲン合意を守ってほしいとの思いを直に触れることで、途上国には気候変動に関する被害者意識が強く残っていることを肌身で実感し、途上国の国民に対する説明のしやすさから基金の新設を求めているという実情を理解するに至りました。
コペンハーゲン合意は、2009年のCOP15で「留意する」とした合意で、途上国目線では、(温室効果ガスによる経済開発モデルは先進国が持ち込んだものであるものの)途上国も含めた世界各国が温室効果ガスの削減に取り組む見返りとして、途上国の気候変動対策を支援するため、先進国は、長期的には2020年までに年間1,000億ドルの気候資金動員目標を約束することを盛り込んだものとなっています。COP26 では、年間1000億ドルの資金動員目標に対し、約830億ドルを達成(2020年実績)させたものとなっており、完全ではないものの排出削減と資金拠出のバランスがとれているものと先進国の外交官目線では捉えがちですが、途上国外交官の心情としては、一度得たと思っていた1000億ドルが目標に達成せず、まだ履行されていないとの気持ちを強めたのではないかと推測します。彼らの立場として、母国からの先進国側の資金拠出の目標未達に対する厳しい声が強くあったことは想像に難くありません。

【COP27の会場外レストランでのアフリカ某国交渉担当との一幕】
多国籍な子女が集うジュネーブの小中学校のPTA活動への参加は、
国籍関係なく互いの距離を縮める雑談力の向上に役立ちます。
また、COP26閉幕後、これまではコロナ渦の影響で自粛されていた「人権・環境」「女性・気候変動」「労働権・気候変動」「難民・気候変動」などのテーマの集会が、対面形式で多数開催されました。ジュネーブは元来、環境をテーマとするシンポジウム・ワークショップが盛んであり、そこでの意見交換は、途上国が次に期待しているテーマや対外的に得たい成果を先取りして理解することに大きなメリットがありました。
5.COP27@エジプト・シャルムエルシェイクでの交渉
COP27では、「対処に重点を置かれた、気候変動の悪影響に関連するロス&ダメージに対応するための資金調達の取り決め」の議題を担当し、外務本省の交渉官とともに交渉に臨みました。
1週間以上開催される長期的な国際会議の多くは、議論のスピード、交渉担当のレベルが右肩上がりに上昇する傾向があります。しかし、この議題では開始直後からロス&ダメージの被害の甚大化、資金ファシリティの創設をCOP27で決定すべきとの意見が途上国側から相次ぎました。先進国側も、前述した「グラスゴー・ダイアログ」を踏まえ、頭ごなしの否定ではなく、先ずはロス&ダメージへの対処に必要な課題を整理すべきという、途上国に寄り添いつつも客観的に当面取組むべき課題を指摘する意見が繰り返されました。
我が国としても、先方からの要求へのリアクションだけではなく、適切な場面で我が国の立場・攻めの内容を効果的に発信する必要があります。11月15日には西村明宏環境大臣から、閣僚級セッションにおいて、先進国で初めてとなる『ロス&ダメージ支援パッケージ』を表明しました。
5.COP27@エジプト・シャルムエルシェイクでの交渉
COP27では、「対処に重点を置かれた、気候変動の悪影響に関連するロス&ダメージに対応するための資金調達の取り決め」の議題を担当し、外務本省の交渉官とともに交渉に臨みました。
1週間以上開催される長期的な国際会議の多くは、議論のスピード、交渉担当のレベルが右肩上がりに上昇する傾向があります。しかし、この議題では開始直後からロス&ダメージの被害の甚大化、資金ファシリティの創設をCOP27で決定すべきとの意見が途上国側から相次ぎました。先進国側も、前述した「グラスゴー・ダイアログ」を踏まえ、頭ごなしの否定ではなく、先ずはロス&ダメージへの対処に必要な課題を整理すべきという、途上国に寄り添いつつも客観的に当面取組むべき課題を指摘する意見が繰り返されました。
我が国としても、先方からの要求へのリアクションだけではなく、適切な場面で我が国の立場・攻めの内容を効果的に発信する必要があります。11月15日には西村明宏環境大臣から、閣僚級セッションにおいて、先進国で初めてとなる『ロス&ダメージ支援パッケージ』を表明しました。

【COP27インフォーマルコンサルテーションでの一幕。
東京から出席の交渉官とともに出席(筆者画面右)】
関係者から、「国際交渉における我が国の強み」を聞かれることがあり、私は「剣道・柔道の技」を答えの一つとしてよく話すのですが、今回の交渉も、こうした強みが生きた会議であったと考えます。剣道・柔道では、試合全体を俯瞰して捉え、勝機と捉えた一瞬のタイミングで相手の懐に入る勇気が必要です。そして、懐に入った瞬間には反射的に技を繰り出す必要があります。我が国が提案をして議論をリードする場面が少ないことに不満を表明する意見も見られますが、英語が母国語ではない私たち日本人にとって重要なことは、提案を大量に作って議論を強引に引っ張ることではなく、勝負どころで先進国を代表して必要な行動を、カメレオンのようにその場に適した形で提供することではないかと考えます。結果として、今回のCOP27の交渉では、会期終盤に突如一部の国から先進国側と途上国側双方の意見を並べたオプション案の提案があるなど、常に変化に富む展開でしたが、閣僚級のセッションを経て先進国と途上国双方の理解が深まり、今回のロス&ダメージの基金の設立に関する決定の採択につながりました。
6.おわりに
今回のCOP27の交渉は、東京から出席した主戦の交渉官はもちろんのこと、会期延長や深夜の交渉会合にも柔軟に対応いただいた西村環境大臣をはじめとする環境省の交渉チーム、ジュネーブ代表部含む各国からの応援出張者、財務省、経済産業省、農林水産省等の各省庁がうまく連携して取り組んだ結果、エジプト開催のCOPにおいて、上述のような成果を得られたと考えています。
また、交渉の内容以外にも、在エジプト日本大使館の担当者と連携して取り組むことができました。特に医療チームのおかげで、現地の食事・水事情に伴う体調不良時に、大使館の医務官から効果的な現地薬の服用・生活についてアドバイスを得て、COPの議論参加に影響することがなく乗り切ることができました。
最後に、今後のジュネーブ代表部の環境アタッシェ達にも、積極的なPTA活動への参加は業務に活きることを伝え、さらなるCOPでの議論の前進に貢献する活躍を期待したいと思います。近い将来にCOPが、気候変動対策の目覚ましい進捗によって、対策検討の重要性が徐々に薄れていく会議となることを祈念して、私の原稿を閉じさせていただきます。
(参考)外務省HP「気候変動」
国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27) 結果概要
6.おわりに
今回のCOP27の交渉は、東京から出席した主戦の交渉官はもちろんのこと、会期延長や深夜の交渉会合にも柔軟に対応いただいた西村環境大臣をはじめとする環境省の交渉チーム、ジュネーブ代表部含む各国からの応援出張者、財務省、経済産業省、農林水産省等の各省庁がうまく連携して取り組んだ結果、エジプト開催のCOPにおいて、上述のような成果を得られたと考えています。
また、交渉の内容以外にも、在エジプト日本大使館の担当者と連携して取り組むことができました。特に医療チームのおかげで、現地の食事・水事情に伴う体調不良時に、大使館の医務官から効果的な現地薬の服用・生活についてアドバイスを得て、COPの議論参加に影響することがなく乗り切ることができました。
最後に、今後のジュネーブ代表部の環境アタッシェ達にも、積極的なPTA活動への参加は業務に活きることを伝え、さらなるCOPでの議論の前進に貢献する活躍を期待したいと思います。近い将来にCOPが、気候変動対策の目覚ましい進捗によって、対策検討の重要性が徐々に薄れていく会議となることを祈念して、私の原稿を閉じさせていただきます。
(参考)外務省HP「気候変動」
国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27) 結果概要