代表部の仕事:WTOにおける開発の議論

令和5年8月15日
WTOにおける開発の議論
 
 上原 研也 参事官

1 はじめに
   WTOはルールに基づき164のWTOメンバー(*台湾、香港、マカオ等が関税地域として参加しており、「加盟国」ではなく「メンバー」と標記しています。)が貿易に関する多角的貿易体制の維持を図る機関で、全メンバーのうち、いわゆる途上国及び後発発展途上国(LDC)が7割以上(注1)を占めています。途上国の定義がなく自己申告制であることもあり、途上国と先進国との間の意見収斂が困難で、WTOで具体的な成果を得るのは容易ではないといわれて久しいですが、多角的貿易体制における発言力を高める途上国及び後発発展途上国(LDC)とのWTOでの議論について説明します。
   *なお、本稿は執筆者個人の責任で発表するものであり、日本政府としての見解を示すものではありません。

2 WTOにおける開発の議論の経緯
   WTOでは、WTO協定の実施において、途上国に対する優遇措置(S&DT規定(Special and Differential Treatment(特別かつ異なる待遇)規定)が認められています。一方、1995年のWTO発足当初から、途上国には、WTO協定上の義務は、先進国側からの押し付けであり、規定上の優遇措置があっても、義務の実施は困難であるとの不満があり、2001年に、こうした不満を解消すべく「ドーハ開発ラウンド交渉」が始まります。同交渉は、開発に必要な柔軟性を確保すべく、協定上の義務免除を求める交渉となり、2001年11月にドーハで開催された第4回WTO閣僚会議において、開発に関連する文言を含む閣僚宣言が「ドーハ開発アジェンダ」として採択され、以降、2年に一度開催される閣僚会議に途上国及びLDCは開発関連の成果を目指して交渉に臨んでいます。一方、先進国は、WTOの貿易自由化と貿易ルール強化を目指して交渉し、先進国と途上国のギャップが埋められないまま交渉が続けられ、2015年にケニア・ナイロビで開催された第10回閣僚会議においては、双方の認識が両論併記され、その違いが際立つことになりました(注2)。
   その後2017年のブエノスアイレスでの第11回閣僚会議では、開発関連の大きな成果を見いだすことが出来ませんでしたが、新型コロナの影響で2022年6月開催となった第12回閣僚会議においては、開発に関し、一定の成果が生まれ、2024年2月の第13回閣僚会議に向け更なる議論が行われてます。

3 UNCTADとWTOでの特恵関税制度の議論
   開発について議論する上で、同じくジュネーブに拠点がある国連貿易開発会議(UNCTAD)の役割についても触れておきたいと思います。
   UNCTAD(注3)は、1964年に設置された、貿易と開発、金融、投資、技術、持続可能な開発等の問題に総合的に対応する国連の中心的な機関であり、UNCTADの主な目標は、途上国や経済移行国が開発、貧困削減、世界経済への統合のための原動力として貿易と投資を利用できるようにすることとされています。そのために、UNCTADは、調査研究・分析、政府間の審議によるコンセンサスの構築、各種パートナーとの技術協力プロジェクトを進めています。また、途上国が直面する新たな課題や世界経済に関する国際討論に貢献するために主要な報告書の作成や、国際会議への提言も行っています。
   WTOが紛争解決機能を有し、貿易ルールの履行を通じて多角的貿易体制を維持していく機関であるのに対し、UNCTADは、開発に焦点を当て、調査研究・分析や政府間審議を通じて、報告書を作成し、政策説明をする役割を担っています。UNCTADの取組は、時にWTOにおける開発に関する議論にも影響を及ぼすこともあります。
   例えば、UNCTADには、先進国がLDCを含む途上国に対して優遇的な関税措置を設ける、一般特恵関税制度(GSP)があります。これについては、WTOにおいても同様の制度運用に係る議論が行われています。GSPは、1971年のUNCTADの決議に基づき先進国による自発的措置として運用されているものであり、UNCTADが設立された1964年の第一回総会で、戦後GATT体制下における南北格差拡大の是正のため、先進国が自主的に途上国及びLDCに関税措置を優遇する一般特恵制度に関する議論が起こり、1970年のUNCTAD総会決議で合意されたものです。
   WTOにおいても、LDCが多角的貿易体制統合に困難を抱える状況への然るべき配慮の必要性から、2000年9月にNYの国連で採択されたミレニアム宣言にある「後発開発途上国からの実質的に全ての輸出品に対し、無税・無枠のアクセスの政策を採用するよう求める」との勧告に基づき、2005年の香港における閣僚会議において、97%以上のLDC産品に対する無税無枠のLDC特恵関税供与が合意され、その原産地規則の簡素化についてもバリ(2013年)及びナイロビ(2015年)での閣僚会議で合意されました。
   WTOでの特恵は、WTO協定上の義務ではないものの、閣僚会議や一般理事会等での決定に基づいており、各メンバーの実施状況について、WTOが監視する役割を担っています。
 
4 私の具体的な業務
   WTO体制を維持していくための様々な委員会がある中、私は、開発関連の委員会以外にも物品貿易関連の委員会、貿易と環境委員会、貿易政策検討制度、WTO加盟作業部会等を担当しているので、会合が集中する場合は、ほぼ毎日のように何らかの会議に出席する多忙な日々を送っております。開発側面の議論はあらゆる委員会の議論において出る中、昨年6月から本年5月まで約1年にわたり物品貿易理事会の下部委員会の一つである市場アクセス委員会の議長を経験したことも、途上国やLDCとの調整の勉強になりました。議長経験時の一例を挙げると、同委員会においてコロナ感染症対応におけるメンバーが貿易措置でとった経験共有を行い将来のパンデミック等の貿易上の緊急対応に備えるための議論を行いました。困難を経験した途上国、特にLDCからの経験共有が不十分であり、それを委員会の議論に反映させることが重要と考え、議長としてLDC調整国にアプローチして、LDCの経験共有を行うセッションを開催しました。
   開発の議論は分野横断的な事項でもあり、昨今のWTOでは、多角的貿易体制を維持する上で、世界的なパンデミック、食料安全保障、気候変動等の世界的な課題にWTOとして如何に取り組むべきかという大きな課題に関する議論も行われ、その中で、途上国及びLDCの視点は重要な要素です。
   各委員会における提案や議論について、我が国としての対応を検討する過程において、途上国の提案の趣旨を十分読み取り、日本の国益に資するような観点から方針を準備して、会合に臨んでいます。  

   
 
    
 
【市場アクセス委員会での議長の様子】
―2枚ともWTO事務局より提供―

5 おわりに
   貿易立国の日本にとって多角的貿易体制の根幹となるWTOの維持・発展は重要です。かつてのラウンド交渉と称し、物品関税交渉が活発だった頃とはWTOを取り巻く状況は変わり、WTOは世界が直面する様々な諸課題に適切に対応し、多角的貿易体制を機能させていくかという点に重心が移っており、そのためのWTO改革についても議論が活発に行われています。
   WTOでの開発の議論においても、国連でも議論されている持続可能な開発目標(SDGs)における「誰も取り残されない」制度作りが必要という指摘もあります。他方で、途上国及びLDC諸国の間でもその経済発展度合いには差があり、「誰も取り残されない」状況を作る上で、それぞれのメンバーの実情にあった現実的な開発の議論が行われるべきです。WTOにおける途上国が自己申告制であるという状況下で、世界経済規模の上位にある経済大国と小規模経済国が同じ途上国という括りで同一ルールによって扱われるべきではなく、ニーズに基づく地に足のついた議論が必要です。
 
(注1) WTOにおける途上国の定義はなく自己申告制になっている。GDP世界第二位の中国も途上国として自己申告している。以下のWTO事務局リンクによると164メンバーのうち120カ国が途上国として自己申告。
https://www.wto.org/english/news_e/news19_e/ddgaw_01may19_e.htm#fnt-5
(注2) 第10回閣僚会議閣僚宣言においては、以下のような途上国と先進国の主張の両論併記となった。
閣僚宣言パラ30:We recognize that many Members reaffirm the Doha Development Agenda(DDA), and the Declarations and Decisions adopted at Doha and at the Ministerial Conferences held since then, and reaffirm their full commitment to conclude the DDA on that basis. Other Members do not reaffirm the Doha mandates, as they believe new approaches are necessary to achieve meaningful outcomes in multilateral negotiations. Members have different views on how to address the negotiaions. We acknowledge the strong legal structure of this Orgnization.
 
(注3)UNCTAD広報リンク
https://www.unic.or.jp/info/un/unsystem/other_bodies/unctad/