代表部の仕事:WTOにおける投資円滑化交渉
WTOにおける投資円滑化交渉
渡丸 慶 二等書記官
1 WTOにおけるルール形成とプルリ交渉
WTOの主な機能の一つに世界貿易に関する新たなルール作りがあります。世界の経済・社会情勢に合わせて貿易のルールをアップデートしていく必要がありますが、現在、WTOのルール形成機能は大きな課題に直面しています。WTOには現在164の国と地域がメンバーとして存在していますが、各メンバーの政治体制や経済水準、政策上の優先事項が異なる中、全てのメンバーで特定の分野に関する交渉を進め、コンセンサスを得るという「マルチ交渉」を進めることが難しくなっています。そこで、一つの解決策として、一部の関心メンバーで作業の枠組みを立ち上げて交渉を進めつつ、参加メンバーを拡大していくという、「プルリ交渉」と呼ばれる新たな方法が取られてきています。
2 投資円滑化に関する作業の立ち上げ・交渉の経緯
2017年の第11回閣僚会議(MC11)の際に、4つのプルリの枠組みが立ち上がりました。その内の1つが「開発のための投資円滑化」(Investment Facilitation for Development)です。このイニシアティブは、日本、EU、中国、ブラジルを含む70のメンバーによって立ち上げられ、新たなルールに含むべき内容に関する議論を経て、2020年9月から、メンバーによって提案された条文を集めた統合テキストに基づく公式の交渉が行われています。現在、チリが議長国を務め、全WTOメンバーの3分の2を超える110以上のメンバーが交渉に参加しています。交渉の場としては、ルール全体を俯瞰して条文の交渉を行う「交渉会合」、特定の分野の条文に焦点を当てて議論を深める「議論グループ」があります。その他、必要に応じて少数国間や二国間で協議が行われています。新型コロナウイルスによるパンデミックを受けて、対面の場とオンラインを組み合わせたハイブリッド形式での会議が行われています。
【ハイブリッド形式での会合の様子(写真提供:WTO事務局)】
3 投資円滑化交渉の意義・内容
投資円滑化交渉の目的として、対外直接投資、主に企業の海外展開の促進が中心に据えられています。例えば、日本の自動車会社が、アフリカのX国で事業展開するため、支社の設立を考えているとします。この場合、その企業にとって障壁になり得ることとして、(1)X国において支社を立ち上げるための手続きに関する情報が手に入りにくい、(2)情報が手に入ったとしても手続きが煩雑であったり、審査に長い時間がかかる、といったことが挙げられます。これらに対して、この協定案では、(1)オンライン等を活用して各国の投資制度に関する情報を得られやすくする、(2)投資の審査に関する手続きについて、一定の基準を設けて簡素化・迅速化する、(3)国家間の投資関連措置の情報提供や経験共有といった国際協力を強化する、といったことが検討されています。また、この協定においては、持続可能な投資を目指して、責任ある企業行動や反腐敗の措置に関する議論も行われています。さらに、発展途上国が新たなルールを履行できるように、投資環境の整備に向けた開発支援を行っていくことも目指されています。日本としては、現在交渉に参加しているブラジルやナイジェリア、ノルウェーを含む約50のメンバーとの間で投資関連の協定を未だ有しておらず、本交渉を通じて新たなルールを設けることで、特にこれらの国々との間での投資を促進することに大きな意義があると考えています。日本企業による途上国を含む海外への展開の一助となるように少しでも水準の高いルールとすることを目指し、交渉を行なっています。
4 交渉の様子
ここで少し日々の交渉の様子を紹介させていただきます。協定に新たなルールを盛り込むため、日本として新たな条文を提案することがあります。一つの方法として、全体での議論の場である交渉会合において、日本から他のメンバーに対してその条文を提案しますが、いきなり全てのメンバーから支持が得られることはほとんどなく、質問や懸念を示すメンバーもいます。この場合、別途、二国間や少数国間での議論を行い、そのメンバーからの理解や支持を得ることに努めます。ジュネーブの外交官同士で議論を行うこともあれば、オンラインを活用して首都の担当官同士で協議を行うこともあります。これらの議論を経て、必要に応じて元の提案を修正した上で、再度、交渉会合の場に持ち込み議論を行います。これを繰り返し、ほとんどのメンバーから支持が得られる状態になると、実際のルールとして協定に盛り込まれる方向になります。制度や考えが異なるメンバーから支持を得ることは容易ではありませんが、立場を擦り合わせていくために、相手によって協議のタイミングや方法、説明の仕方を工夫しながら、交渉を行っています。
【筆者が会合に出席する様子】
5 交渉の見通し
2021年12月、この交渉の中間的な成果物として、交渉の参加メンバーから共同声明が発出されました。この声明では、これまでの交渉の進捗が確認されつつ、2022年末までの交渉妥結を目指すことが示されています。この目標に向けて、当代表部は、本省と一丸となって、引き続き交渉を推進していきます。