代表部の仕事:パンデミック条約政府間交渉会議(INB)及び副議長の業務について

令和5年7月18日
パンデミック条約政府間交渉会議(INB)及び副議長の業務について
 
田口 一穂 公使参事官
 
 私は、2022年2月から、パンデミックへの対応に関する新たな法的文書(パンデミック条約とも呼ばれます)の作成のための政府間交渉会議(INB: Intergovernmental Negotiating Body)の副議長を務めています。本稿では、INBの現状と副議長の業務についてご説明できればと思います。
 

(筆者近影)
 
1.INB設立の経緯
 COVID-19は、世界で何百万人もの人々命を奪い、経済社会に甚大な影響を与えました。
 人類は幾度となくパンデミックを経験してきており、今回のCOVID-19の経験を踏まえ、必ずやってくるであろう次のパンデミックにいかに備えるべきかについては、国際的にも様々な議論、数多くの提言がなされてきました。
 WHOでは、2021年12月、特別総会決議を採択し、パンデミックへの対応に関する新たな法的文書の作成について、政府間交渉会議(INB)の設置を決定しました。2022年2月に最初の会合が行われ、2024年5月のWHO総会において成果物となる条約案を提出することが目指されています。

2.ビューローの選出
 INBにおいては、会議の議事のため、2名の共同議長、4名の副議長がWHOの6つの地域から選出されることとなりました。この合計6名の共同議長、副議長をビューローと呼びます。
 日本の属する西太平洋地域には、中国、韓国、豪州、NZ、フィジーといった島嶼国、フィリピンなど多様な国々が所属しています。
 私は、この10年ほど、国連や国際機関関連の業務に携わっており、ジュネーブ着任前には、厚生労働省国際保健・協力室長として、COVID-19感染者の出たクルーズ船への対応、ワクチン供与のための国際的枠組みであるCOVAXの立ち上げなどに携わってきました。こうしたバックグラウンドもあってか、代表部において当初私は人権を担当していましたが、西太平洋地域の指名を受け、副議長に就任しました。
 INBにおいてはオランダ及び南アが共同議長を、ブラジル、エジプト、タイ及び日本が副議長を務めています。
 

(ビューロー・メンバー。左から日本、タイ、オランダ、南ア、ブラジル、エジプト。)
 
3.ビューローの役割
 ビューローの役割は、議論を円滑に進めること等とされています。実体面では、ビューローは、議題、議事の進め方、加盟国に提示する文書について、議論し、確認しています。事務局の提示してきた案を大幅に変更することも多々あります。
 WHO事務局は豊富な知見を有しており、テドロス事務局長以下、非常に強くINBにコミットしていますが、加盟国主導による議論を尊重し、ビューローをサポートするとの立場で臨んでいます。

4.INBにおける議論の現状
 INBは、新たな枠組みがWHO憲章上のどの条文に基づくべきか、という長期に議論されてきた論点について2022年夏に合意することができました。
 パンデミックに備えるため、どのような内容を盛り込むべきかについては、国際的な専門家会議等が行ってきた数多くの提言の要素を示しつつ、加盟国にアンケートを行うなどをし、その要素を収集していきました。
 その結果を2022年11月にコンセプチュアル・ゼロドラフト、2023年2月にゼロドラフトという形で加盟国提示し、現在は加盟国の見解の異なる主要な論点について複数のオプションを示したビューロー・テキストという文書をベースに議論が行われています。
 当初は、加盟国からの要望を羅列したような内容でしたが、加盟国からの意見を踏まえつつ改定していった結果、次第に条約を想起させる形式と内容に進展してきています。
 INBにおいては、また、こうしたビューローからの条文案をHPで公開し、全体会合をWEBストリーミングで公開し、政府以外のステークホルダーの参加を認めるなど議論の透明性に配慮した議事がなされています。

5.パンデミック条約の論点※
 途上国からは、パンデミック時、自分たちはワクチンを買えず、製造できず、そのために途上国から何百万もの人が亡くなった、もっと途上国を支援すべきだ、技術移転を進め、知的財産権の保護を緩和すべきだったといった意見が表明されています。
 一方で、先進国からは、動物からの感染症への監視がもっとしっかりしていれば被害や影響を減らせたのではないか、製薬企業のイノベーションこそが多くの命を救ったといった見解が示されています。
 現在、INBでは、研究開発の促進や途上国への技術移転、病原体へのアクセスと利益の共有、パンデミック製品のサプライチェーンといった課題について議論がなされています。

※パンデミック条約の論点や各国の立場は多岐に亘りますが、主な論点を単純化してご紹介しています。

6.ビューローにおける議論
 ビューロー・メンバーは、加盟国に推薦され、地域による指名を経て、全加盟国の参加する全体会合において選任されますが、個人資格であり、特定の国や地域の立場を直接代表するものではありません。公平に、全加盟国のために役割を果たすことが求められます。一方、何が公平かは、メンバー個人の考えやバックグラウンドによっても異なりうる面があります。
 私は、パンデミックという地球規模の課題に対応するためには、できるだけ多くの国が参加できる枠組みが必要であり、支援を必要とする国がいるのであれば、支援を行う国も参加できる機能する枠組みを作り上げることが必要との考えのもと対応してきています。
 正しいと思う意見については、自分が6名のビューローの中で少数派でも主張してきていますが、自分の意見を通すには、他のメンバーの意見に賛同したり、それに関連付けることも重要となります。
 ビューロー・メンバー間で時に激しく議論を行うこともありますが、ビューローにおいては、チームとして対応していくことも大変重視されています。皆、よりよくパンデミックに備えるための枠組みを作り上げたいとの思いを共有し、加盟国の意見が異なる中、いかにして議論を前に進めていくか、真剣に考えています。
 

(議論がスタックしそうになると、このように公式会合中、議論を中断して意見を出し合って解決策を話し合い、加盟国に提案することもあります。)
 
7.終わりに
 他のビューロー・メンバーは在ジュネーブ代表部の大使や保健省の局長経験者など、豊富な知見や経験を有する外交官や専門家です。こうしたメンバーと議論を重ね、また、加盟国に何を提示し、どのように進めるのがよいのか、加盟国の立場とは異なる側から条約作成の議論に参加することは私にとっても大きな成長の機会となりました。このような機会を与えてくださった関係者の皆様のご理解とご協力に感謝しています。
 INBにおいて、国際保健においてこれまでにない、多岐にわたる非常に包括的な内容の条約案が議論されています。COVID-19の経験を踏まえた、協力の枠組みを策定することは、将来、数多の人々の命や健康を守り得るものであり、INBは、重要な任務を担っていると思います。また、新たな枠組みは日本の推進するUHC(Universal Health Coverage)をはじめ、各国が保健システムを強化していく上での重要な指針となるでしょう。解決すべき論点は多いですが、加盟国と共にこうした枠組みを策定すべく微力を尽くしていきたいと考えます。