代表部の仕事:人権理事会は紛争にどのように対処しているか
令和5年3月29日
人権理事会は紛争にどのように対処しているか
バッティー亜夢斗 専門調査員
私は、2021年5月から、ジュネーブ国際機関日本政府代表部の国連人権理事会担当の専門調査員として勤務しております。まもなく終了する私の任期期間は、カブール陥落、ロシアによるウクライナ侵略が発生し、国際秩序が大きく揺らいだ時期でもありました。国連人権理事会では、2年弱の任期の間に、5回の特別会合(イスラエル・パレスチナ、アフガニスタン、エチオピア、スーダン、ウクライナ、イラン)に加え、2回の緊急討論(アフガニスタン、ウクライナ)が開催されました。今回は、紛争の発生など、緊急に対処すべき人権問題が発生した際に人権理事会がどのような行動をとっているのかについて述べたいと思います。(本稿は執筆者の個人的見解を示すものであり、日本政府の見解を示すものではありません。)
(第51回人権理事会のアフガニスタンの女性と女児に関するインタラクティブダイアログで
発言する筆者)
人権理事会特別会合・緊急討論の開催条件
人権理事会では、年3回の定例会合とは別に、紛争の発生等、緊急に討議すべき人権侵害があった際には、理事国の要請により特別会合(Special Session)を開催することができます。特別会合の開催には、全48の人権理事国のうち3分の1(16カ国)が会合開催を要請することが必要です。そのため、特別会合の開催を企図する際には、まず16の人権理事国から開催会合に向けての賛同を取り付ける必要があります。
また、定例会合の会期期間中に緊急に議論されるべき人権侵害が発生した場合には、緊急討論(Urgent Debate)を要請することができます。緊急討論は、理事国一カ国が単独でその開催を要請することができますが、緊急討論の開催に異論がある理事国は、開催要請に対して投票要求を行うことができます。昨年3月の第49回人権理事会では、ウクライナが緊急討論の開催を要請したところ、ロシアがこれに異議を唱え、投票要求を行いました。投票の結果、過半数の国が緊急討論の開催に賛同したため、緊急討論を開催することができました。
特別会合・緊急討論で採択される決議とその効果
私が経験した特別会合や緊急討論では、当該人権情勢について、各国(非理事国含む。)や市民社会がステートメントにより立場や考えを表明するだけでなく、決議についても採択されました。人権理事会決議は、法的拘束力は持ちませんが、当該事案に対する国際社会の重要な意思表明となります。例えば、A国がある集団Bに対する人権侵害を行っている場合、「人権理事会は、A国の集団Bに対する人権侵害を非難する」といった内容を含む決議を採択することができます。
さらに、特別会合や緊急討論における決議は多くの場合、当該人権侵害事案のアカウンタビリティ(説明責任)の確保を目的として、事実調査ミッションや、独立調査委員会といった調査メカニズムの設立や、当該人権問題を調査・監視・報告するためのマンデート(特別報告者や独立専門家)が設立を決定します。例えば、第49回人権理事会の緊急討論で採択された決議では、ロシアのウクライナ侵略が最も強い言葉で非難されるとともに、独立調査委員会の設立が決定されました。独立調査委員会は、現在に至るまで複数の報告書を発出し、ロシアによる戦争犯罪を報告しています(リンク:https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/hrc/iicihr-ukraine/index)。
前述のとおり、人権理事会決議には、安保理決議のように法的拘束力はありませんが、さらなる人権侵害の抑止に向けた効果を持ち得ます。例えば、決議でA国による人権侵害を非難された場合、A国に対し、国際社会が当該人権侵害事案を注視していることを伝えられるだけでなく、A国に相応のレピュテーションコストを払わせることにもつながります。また、調査メカニズムを創設し、人権侵害状況をその責任の所在を含めて明らかにすることは、A国にとって人権侵害行為を行うことへのコストやリスクを増大させることにつながり、結果として、さらなる人権侵害の発生に向けた抑止力となり得ます。
このように、人権理事会特別会合や緊急討論は人権侵害事案の抑止を目的として決議を採択しますが、必ずしも人権侵害が食い止められるものではなく、場合によっては「副作用」を生じさせることにも留意しなければなりません。例えば、水面下で和平交渉が行われている際に、紛争下における人権侵害の責任を一方的に追求することは、交渉の進展を阻害することにもつながりかねません。また、人権侵害者を非難することに終始し、過度に対決姿勢をとることは、当該国の態度を硬化させる恐れがあり、当該国との対話のチャンネルを壊してしまうことも考えられます。「正義」を追求することが、結果として紛争や対立、人権侵害の長期化につながってはいけません。各国や市民社会とさまざまな意見交換を重ねながら、人権問題を解決するために何が最適解であるのか、追求することが求められています。
(人権理事会会議場の様子(国連欧州本部内「RoomXX」(筆者撮影))
特別会合・緊急討論の裏側で
「人権」は一人一人の尊厳に基づくものであり、右を正面から扱う人権理事会では多くの葛藤や相克が見られ、私自身も任期をとおして苦悩する瞬間や心動かされる瞬間が数多くありました。2021年夏のカブール陥落の際には、陥落直後から在ジュネーブのアフガニスタン外交官とやり取りを繰り返しました。祖国が従来の敵対勢力支配され、指揮系統さえも失いかけた絶望的な状況の中で、特別会合を開催し国際社会に訴えかける姿には胸を打つものがあり、私自身も日本として何ができるのか、より深く考えるきっかけとなりました。ウクライナ侵略に際しては、侵略開始から数時間後に同国の外交官から連絡があり、同志国の大使を集めて会合を開催するなど、危機の中でも冷静さを保ち戦略的に対処する彼らのプロフェッショナリズムに感銘を受けました。イスラエル・パレスチナ問題では、双方の外交・軍事当局から現状について説明を受けるだけでなく、紛争の犠牲者の家族の方からお話をお伺いする機会もあり、我が国が取るべき対応について考えを巡らすこととなりました。ステートメントやトーキングポイントを起案する時、投票や共同提案国入りを表明するボタンを押す時、自分自身が会合で言葉を紡ぐ時、いつもそんな彼らの顔や声が脳裏をよぎります。
「普遍的価値観」を普遍的なものとするために
我が国は、自由、 民主主義、 基本的人権の尊重、 法の支配を掲げ、こうした「普遍的価値」を共有する同志国とともに人権外交を推進しています。国際社会に大きな責任を有する国として、深刻な人権侵害行為に対して目をつぶることは決して許されず、同志国とともに毅然とした対応をとることが求められています。一方で、人権侵害をただ非難するメガフォン外交に終始し、「美しい」言葉のみが響き渡るエコチェンバーに閉じこもってしまえば、国際社会の分断はむしろ深まるばかりであると考えます。我々が「普遍的」価値と信じる価値を国際社会にとって真に「普遍的」なものとするためには、相手から見える景色を想像した上で、粘り強く「対話」を続けて行くことも極めて重要と考えます。
最後に
ある国では「侵略」と見なされる行為が、ある国では「少数者の保護」と主張される、ある国では性に関係なく愛することが尊重される一方で、ある国では性を理由として教育を受けることさえができない―そのような今日の世界において、上述のように「対話」を通じて共通項を見いだすことは途方もない営みのように感じます。
私が幼い頃に読んだ本の中に、胎児の自分、つまり、まだ自分がどのような国や地域、人種、性別、経済的背景、障害の有無を持って生まれるか分からない時にどのような世界に生まれることを望むか、との一節がありました。国益を最大化させることを至上目的の一つとする「外交」という営みにおいて、そのような想像力に基づいて行動することは容易なことではありません。混沌とした現実とは切り離されたように平和なジュネーブの地では、そのような想像力を持つことはより一層難しいのかもしれません。ただ、人権理事会では、文字通り世界中から集まった多種多様な人間が、安全な環境下で顔を突き合わせ、議論を行うことができます。理想の社会について恐れなく語り合うことができます。このような環境で勤務できることに感謝し、理想とする世界に対する想像力を持ち続けながら、職務に当たって行ければと考えています。
(ジュネーブの大噴水(筆者撮影))