ジュネーブの国際機関で活躍する日本人職員 国連環境計画 水俣条約事務局(UNEP/Secretariat of the Minamata Convention on Mercury) 阿南 隆史(あなん・たかふみ)さん

令和3年1月22日

 

Q1 現在のお仕事の内容を教えてください。

  私は今、国連環境計画(UNEP)の水俣条約事務局で科学技術担当官(JPO)として勤務しています。水銀に関する水俣条約は、水銀によるリスクから人の健康と環境を守ることを目的として合意された多国間環境条約です。2010年より開始された政府間交渉を経て、2013年に日本の熊本県熊本市及び水俣市で開催された外交会議において採択され、2017年8月16日に発効しました。現在は127か国(欧州連合含む)が締約国として参加しており、日本は2016年2月2日に条約を締結しました。
 この条約は水銀の採掘から流通、使用、廃棄に至るライフサイクル全般にわたる適正管理と環境への排出削減を定めているのが特徴です。また条約では、附属書にリストアップされた水銀使用製品の製造・輸出入について、原則2020年末までに禁止することが定められています。各締約国がこうした規制を適切に実施できるように支援を行うことが事務局の大きな役目の一つとなっており、私は水銀使用製品(電池、ランプ、計測器等)の規制に関する締約国のサポート、専門家会合の議論の取りまとめを担当しています。
 水銀使用製品の廃止に関しては、特に開発途上国においてアクセス可能な水銀フリー代替製品が十分に存在するか、海外から輸入される製品が適切に把握・管理されているかといった課題のほか、より広い視点では使用済み製品が適切に廃棄・処理されているか、製品の使用や廃棄が環境への水銀排出に繋がっていないか等、多岐にわたる点に気を配る必要があります。私の担当する業務ではそうした課題の解決に向けて、各国・地域における水銀使用製品の使用状況、代替品の有無に関する情報を収集・整理し、締約国の代表者から組織される専門家会合の資料に反映、議論を取りまとめる作業に取り組んでいます。
 こうした議論の結果は、2021年11月にインドネシアのバリで開催が予定されている第4回締約国会議(COP4)に向けて取りまとめられ、COPによって検討が行われます。締約国会議の運営は条約事務局の最も重要な仕事の一つであり、条約がカバーする様々な議題の検討がスムーズに行われるよう、事務局スタッフ一丸となって、日々準備を進めています。

○ある一日の仕事の流れ:
 
8:00 フランス語の授業(国連で提供されているもの、オンライン)    
9:30 メール対応、締約国から隔年で提出される条約実施に関する報告書のデータをエクセルに整理。
11:00 午後の専門家会合の共同議長との打ち合わせ。
12:00 昼休み。現在はリモート勤務のため、家で昼食。
13:00 メール対応、会合の準備。
14:00 水銀を使用する製品及びプロセスに関する条約附属書のレビューに関する専門家会合(オンライン)。締約国の代表者及び知見を有する関係機関・NGO・民間企業の有識者間の議論の進行、取りまとめを担当。
16:00 専門家会合の結果のとりまとめ、今後の方針に関するチーム会議。
17:00 製品の貿易コードの見直しに関する情報収集、COP資料の準備に向けたチーム関係者及び外部コンサルタントとの打ち合わせ。
18:00 退勤。
 

2019年11月に開催された第3回締約国会議に科学技術担当官として参加
(於:ジュネーブ)(左端が筆者)
 

Q2 これまでのご自身のキャリアについて教えてください。

 日本国内の大学で建築学を、大学院では都市計画・地域まちづくりを専攻しました。工学・環境学の専攻で、特に過疎高齢化が進む地域のまちづくりや高密度化が進む都市における景観条例策定に向けた住民活動といった人々の暮らしに密接に関わる分野に興味がありました。大学院修了後に都市計画と環境の両分野を扱うコンサルティング企業に就職し、当時まさに交渉が行われていた水銀に関する国際条約の策定に関する業務に携わるようになりました。
  コンサルタントとして7年間、主に官公庁(環境省等)の業務に携わった後、JPO試験に合格し、2019年4月から国連環境計画の水俣条約事務局で勤務を開始しました。
 海外経験としては、幼少時に4年ほどボストンで暮らしていたほか、コンサルタントとして国際会議への参加や開発途上国への調査出張を頻繁に行っていました。またコンサルタント時代には、国連工業開発機関(UNIDO)の短期コンサルタントとして、中国の化学物質管理に関するプロジェクトに参加しました。

Q3 国際機関で働くことを目指されたきっかけについて教えてください。

 私はコンサルタントとして仕事を始めるまで、国連等の国際機関に関する知識をほとんど持っておりませんでした。仕事で携わるようになった水俣条約の策定プロセスにおいて、政府間交渉委員会や関連会合に参加していく中で、国連環境計画の職員の仕事ぶりを間近で見る機会が増え、興味を持つようになりました。政府代表者やその他大勢の関係者が参加する議論の調整やとりまとめを行う国連職員の姿は、大変そうに見えましたが、その一方でとてもやりがいのある仕事のように感じられました。
 水銀や水俣病という分野については、私自身が鹿児島県出身ということもあり、携わった当初から強い思い入れがありました。水俣市を訪れ水俣病患者の方々のお話しを伺ったり、開発途上国で同様の課題に苦しんでいる方々の姿を間近で見る機会が増えるにつれて、この問題に関して自分はどのような役割を果たすことができるのだろうかと考えるようになりました。水銀は環境中に放出されると越境移動をするため、特定の国に限らず、地球全体での対策が必要な課題です。コンサルタントとして日本国内の条約担保プロセスを支援したり、特定の国を調査し関係者と対話する中で解決策を模索するといったプロセスにも大変やりがいを感じていましたが、より俯瞰的な立場で世界規模での対応や提言が出来る可能性を国連に感じ、国際機関で働くことを目指すようになりました。

Q4 阿南さんは技術系・理工系分野での専門的知見を持って国際機関でお仕事をされておられますが、こうした分野に関する知見は職場の中でどのような形で活かすことができていると感じられていますか。

 私が所属する条約事務局では、職員の専門は技術、法律、政策、広報、会計と多岐に渡ります。条約の扱う範囲が多岐に渡るため、所掌事項についても幅広く、職員それぞれの専門知識をフル稼働し連携しながら対応していく必要があります。
 その中で技術分野の専門を有する私の強みは、議題に挙がる製品、工業プロセス、廃棄物処理施設等の仕組みや技術仕様に関する知識を持っていることで、政府関係者や有識者との議論においてもこうした知識が役立っていると感じています。コンサルタントとして、現場に赴いて廃棄物処理施設や排ガス処理設備を訪問したり、多様な工業プロセス内の水銀の物質フローを作成した経験が、そのまま今の仕事に活きています。また、プログラム管理やデータ整理といった業務においても、数字や計算の取扱いに慣れていることは重宝されていると感じています。
 他方で前述したとおり、他の専門分野を持つ同僚と協力して仕事をしていく必要があることから、法律やプログラムマネジメントに関する分野横断的な知識を一定程度身につけて、技術的な知識を効果的に資料に反映し分かりやすく伝える能力を培うことも大切だと感じています。条約事務局という組織は一見すると法律政策分野が中心にも見えますが、中身の規制内容は化学や技術の知識が必要なものが多く、理工系の人材が大いに活躍できる場だと感じます。

Q5 国際機関で働く魅力や、やりがいについて教えてください。

 締約国か否かに関わらず、世界中の政府担当官や国際機関、NGO・NPOの関係者と直接対話をすることができ、彼らのニーズに応じた支援や提言を行えることが、やりがいの一つだと感じています。
 また、組織や部署には多様なバックグラウンドや国籍を持つ同僚がおり、彼らと意見を交わし、大局観をもって環境対策という分野に関わっていけることも、刺激となっています。通常であれば、出張を通じて現地の人々の声を聞いたり、直接ワークショップ等に赴いてアドバイス等に携わる機会があることもやりがいを感じられる環境の一つかと思います。現在は海外への渡航が厳しい状況になっていますが、締約国や関係者に寄り添えるよう、オンラインのウェビナーや打合せを通じて支援を行うように努めています。

Q6 これから国際機関で働くことを目指す方にアドバイスをお願いいたします。

 国際機関で求められる専門知識やスキルは多岐に渡るため、ご自身の歩まれているキャリアや関心を踏まえ、あらゆる可能性があり得ると思います。
 国際機関への入り口もJPO試験のほか様々な方法があり、自分は向いていないと思うようなこともあるかもしれませんが、前向きに挑戦していただきたいと思います。私の場合は大学院も国内、社会人経験も国内の民間企業1社のみという経歴でJPOへの応募時には不利なのではないかと考えたりもしましたが、今は特定の専門知識を突き詰めて積み上げたことが強みとなり国連で働く機会を得られたと考えています。先輩職員の話を聞いたり、各機関の活動を調べたりするなかで、ご自身のスキルが活かせる場がきっと見つかることと思います。

環境の日に事務局スタッフ一同と(左から2人目が筆者)

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