「我が国の経済外交2018」 ロベルト・アゼベド 世界貿易機関(WTO)事務局長による寄稿

平成30年4月3日

「かつてないほど高まるグローバルな貿易体制の重要性」

ロベルト・アゼベド

世界貿易機関(WTO)事務局長


 1955年,日本はGATTへの加入により,安定的かつ予見可能で信頼できる貿易ルールや権利義務のシステムの一員となった。このシステムは,ブレトンウッズ体制の一部として,歴史上例のないグローバルな経済的繁栄の実現に貢献してきた。


 しかし今日,WTOが引き継ぐこのシステムは,経済的及び地政学的な荒波に揉まれている。多角的貿易体制の理想と原則の重要性がますます高まる一方で,台頭するポピュリズムや保護主義の懸念,貿易に対する不安等がこれを脅かしている。


 日本は多角的貿易体制がもたらす共通のルールと規律の恩恵を享受してきた。1955年時点での日本の製品輸出は20億ドル強であったが,2016年には6,440億ドルにまで拡大した。今日,日本は世界第3位の経済大国であり,世界第4位の輸出大国である。


 日本の驚異的な成功は教育やイノベーション等の様々な要因によるが,中でも貿易は日本経済の礎であり,GATTやWTOはそのために良好な環境を提供してきた。安定した低関税の下で,日本の強力な製造業は世界中にマーケットや原材料の供給者を見つけることができた。WTOの知的財産ルールは日本の有力ブランドや最先端技術を保護し,サービスルールは日本の銀行や保険会社,流通業のグローバルな展開を可能にしている。


 しかしながら,誰もが貿易の恩恵を確信しているわけではない。最近のピュー研究所の調査によると,日本人の58%が貿易は「新たな市場と成長の機会をもたらす」と考える一方で,32%の人は「賃金低下や雇用喪失をもたらす」と考えている。


 開かれて自由な貿易を信じる者は,日本を含む先進国で台頭する反貿易感情を無視してはならず,現在多くの労働者が世界の変化のペースに脅威を感じていることを認めなければならない。


 国際的な統合が進む一方で,製造業における雇用喪失の80%は,実は貿易ではなく技術革新やオートメーションによりもたらされていることが分かっている。事実,ホテル業や旅行代理店,銀行,小売業といった非貿易サービス分野でも雇用は失われている。この傾向は,自動運転やAIの経済活動への進出によって今後加速化するばかりだろう。


 経済の閉鎖は雇用の回復にはつながらず,むしろ雇用喪失を拡大するだけである。各国それぞれ考えがあろうが,私としては,解決策は,より良い教育,職業訓練,そして雇用促進と失業者の就労支援のための労働政策等にあると考える。日本はこうした分野において先駆者であり,他国に教えられることがたくさんある。


 WTOには,こうした議論を進め,そして貿易をより包摂的なものとするために,果たすべき役割がある。これまで数年にわたり,WTOは貿易円滑化協定の発効,農業の輸出補助金の撤廃,情報技術協定(ITA)の拡大といった成果を挙げ,日本もその中で中心的な役割を果たしてきた。そして,昨年12月にブエノスアイレスで行われた第11回閣僚会議では,現在の厳しい状況においてもWTO加盟国が今日的課題を含めが引き続き各分野で取組を続けていくことを閣僚レベルで確認した。


 我々は貿易体制を強化し,これをより活発で,公平で,包摂的なものとするために努力を続けなければならない。日本は60年以上,GATT及びWTOで確固たるリーダーシップを発揮してきた。そのようなリーダーシップがこれまで以上に求められている。2018年というWTOにとって重要な年に,伊原在ジュネーブ日本政府代表部大使がWTOの常設組織の中での最高機関である一般理事会の議長に就任する。多角的貿易体制をめぐる課題に対応するため,また,今後の世界の成長と発展に資する成果を達成するために,日本及び他の加盟国と緊密に連携していきたい。


【ロベルト・アゼベド世界貿易機関(WTO)事務局長】

※本寄稿は,「我が国の経済外交2018」(外務省経済局著,日本経済評論社発行(2018年01月))に掲載されています。