代表部案内 - 過去の館長メッセージ

平成28年10月10日掲載

伊原大使のナイロビ・ダダーブ・キャンプ視察報告
 

 ジュネーブには国連の欧州本部とともにいくつかの主要な国際人道機関が拠点をおいています。その中で、世界各地の難民問題への対応で中心的役割を果たしているのがUNHCR-国連難民高等弁務官事務所-です。ジュネーブの本部に1,349人の職員を置き、世界各地の人道支援の現場には9,030人を展開しています。(ちなみに日本政府はUNHCRの主要ドナーで昨年は約1億8千万ドルの支援をしたほか、63人の日本人職員が活躍しています。)

 世界の難民・避難民の数はいまや6,500万人にのぼり、その多くが長期化しています(帰還や定住までの難民・避難民としての滞留期間は平均で17年といわれています)。中でもアフガン難民は37年、ソマリア難民は26年の長きに渡り避難生活を強いられています。ソマリア難民については、その多くが収容されているケニアのダダーブ・キャンプをケニア政府が閉鎖するとの方針を打ち出し、そのための難民の帰還をどう進めていくかが現在大きな課題となっています。今回、UNHCRのアレンジによりこのダダーブ・キャンプを視察する機会を得ましたので、私が見てきたこと、考えたことなどを御報告したいと思います。


【ダダーブ・キャンプの難民の人たちによる歓迎のダンス】

 

 ダダーブ・キャンプはケニアの首都ナイロビから飛行機で1時間15分のソマリアとの国境寄りの場所にあります。このあたりのケニア人はソマリア系で宗教的にも言語的にもソマリア人と同一であることから、ソマリアが内戦状態になって以来多くの難民が逃げ込み、キャンプが作られることになりました。現在ダダーブ・キャンプに滞在している難民の数は約28万人で、ここで生まれた二世代目の難民も多数います。彼らの本国ソマリアは、一時の無政府状態から脱して中央政府が設立されるなど、政治の安定に向けた進展は見られますが、依然として国土の広い範囲に中央政府の統治は及んでおらず、特に南部においてはアル・カイーダ系の過激派アル・シャバーブが勢力を維持し、ケニアにおいてもテロ事件が起こっています。ケニア政府は、ダダーブ・キャンプが過激派組織の活動の温床となっていると主張し、国内の治安維持の観点からも早急にダダーブの難民をソマリアに帰還させるなどして来年にはキャンプを閉鎖したいと考えています。難民問題の最もいい解決は、難民が自主的に本国に帰還することです。しかしソマリアの状況は、以前よりは改善したとはいえ、多くの難民が直ちに帰還できる条件が整っているとは言えず、ケニア、ソマリア両政府とUNHCRの3者で今後の対応が検討されているところです。


【ダダーブ・キャンプ内の難民】

 

 ダダーブのキャンプは大きく6つの区画に分かれています。1991年にソマリアで勃発した内戦に伴い生じた難民の受入れのため3区画が整備され、その後2011年に発生した飢饉による難民の受け入れ先として更に3区画が整備されました。これらの全ての区画を端から端まで車で移動しようとすると1時間かかるほどの広さです(時間がかかるのは道路の状況が悪いせいもあります)。


【食事を作るのに必要な薪の配給を待つ難民】

 

 治安維持はケニア当局が担当し、キャンプの運営はUNHCRの現地事務所が行っています。難民は定住が許されているわけではないので、キャンプ内の住居(シェルターと呼んでいる)は木の枝や泥土でできた壁とトタンやビニールの屋根といった粗末なつくりですが、キャンプ内は難民による自治が行われ、十分ではないかもしれないけれど、食料や水の供給(キャンプ内の井戸からの給水システムが機能している)、医療サービスや学齢期の子供たちの教育も実施されるなど、最低限の生活が営めるようになっていました。また他の国際機関(国際移住機構、世界食糧計画など)やいくつものNGOが活動しており(日本のNGOはシェルターの資材を供与しており喜ばれてます)、これらをUNHCRが統括しています。


【ダダーブ・キャンプ内の学校で勉強する子どもたちと】

 

 難民の人たちとも話をしました。自主帰還については、帰還できればいいがソマリアの治安状況が心配、子供たちに引き続き教育を受けさせることができるのかわからない、帰還しても生活の基盤がなく支援が必要、といった不安の声が多く聞かれました。また、現地のダダーブ村の人たちの訪問も受けました。彼らは、地域の経済をキャンプが支えている面があることを強調して、閉鎖された後どうなるのか懸念していている、政府による対策が必要だと訴えていました。


【ダダーブ・キャンプの難民代表の人たちとの意見交換】

 

 今後、ダダーブ・キャンプは閉鎖に向けた動きが具体化するのでしょうが、その実現には多くの難しい課題があるように思いました。

 まず、難民が人としての尊厳を保ったかたちで自主的に帰還できる状況をどのように確保するか。そのためには何よりも、帰還先ソマリアの治安・社会状況の安定化が必要ですが、同時に、これまでの長期にわたる内戦と無政府状態で福祉・行政サービスがほとんど存在していない中で、持続可能な生活環境をどのように築いていくのかが課題です。日本政府は人道問題への対応に当たり、人道支援と開発支援をうまく組み合わせていくことが必要であると主張してきています。ソマリア人難民の帰還についても、ソマリアの国づくりと一体となった支援が不可欠と思われます。

 また、これまで多数の難民を長年にわたり受け入れてきた地元コミュニティーへの対応も重要です。ダダーブ村の住人はもともと半遊牧の生活をしていましたが、長年の難民キャンプとの共存の中で、商業を中心に経済活動を営んできた住人がいまや多数となっています。そういった人たちの生活の糧を今後どのように確保していくのか。本来これはケニア政府の政策にゆだねられるべき問題ですが、国際社会としても開発資金の融資などの面で協力を検討すべきでしょう。また、キャンプの残した井戸、病院、学校などの資産が有効に利用されれば、地元の利益になります。そのためにも地域開発のプラン作りが急務と感じました。

 世界は日々、様々な困難や課題に直面しており、国際社会の関心が次々とより新しい問題に移っていくことは仕方のないことです。特に、今後閉鎖されていく方向にあるダダーブ難民キャンプにはドナー国の関心も資金も集まりにくいのが現実かもしれません。しかし、依然として28万人もの人たちの命と生活が懸かっている人道的な問題であり、帰還が真に自主的に、そして持続可能なかたちで進むよう、国際社会として必要な支援を継続することが重要です。キャンプ内の学校を訪れたとき、100人ほどの生徒が並んで私たちを歓迎してくれました。その際、自分たちがここで教育の機会を得られていることに感謝し、これからもしっかり勉強していきたいと話していたことが印象に残っています。難民の子供たちが自国に戻り国づくりに貢献できる日ができるだけ早く来ることを心から祈ります。


【ダダーブ・キャンプの子どもたちと】



平成28年6月23日掲載

館長からのメッセージ


【WMOレセプションで挨拶をする伊原大使】→イベントページ



 ジュネーブに着任して約半年が経ちました。ここでの仕事、特に大使の役割がどのようなものなのか、これまでの自分の体験を踏まえ、最近の事例をあげながら御紹介したいと思います。


 国際機関においては、会議の運営や意思決定において、手続の透明性と包括性が常に求められます。それは、大きな国も小さな国も等しく一票を持っていて、決定は基本的にコンセンサスで行われるという国際社会の原則によるものだと思われます。しかし現実には、少数の関係国や、その機関や特定の事項で重要な役割を果たしている国が、大使級や担当レベルで集まり、議長との協議や根回しなどを通じて予めシナリオを作って公式の会議に臨む、といったことがよく行われます。表の舞台はいわば「歌舞伎」であって、そこに出たときには勝負は既についているというわけです。したがって、そういった事前の協議や根回しのプロセスにどのように関与していくかが重要です。


 そこで多くの国は、普段から仲間づくりを行っています。地域ごとに集まって意見調整をする(アジア太平洋グループ、アフリカグループ、中南米グループなど)、同じような状況や開発段階にある国が団結する(途上国のG77グループ、先進国のG7など)、ある特定の問題に関心のある国で集まりを持つ(世界貿易機関(WTO)農業交渉におけるG10やケアンズグループなど)といった具合です。またWTOでは、先進国、途上国を含めた大使間での非公式な意見交換が様々な形で頻繁に行われており、私が主催しているものもあります。こういった会合を通じて普段から率直な意見交換をしておくことは、お互いの立場を理解するのに役立つし、大使同士親しくなっておくと様々な情報が早く入ってくるようになります。この点では社交活動も軽視できません。各国は公邸などを活用して夕食会やレセプションを積極的に開催し、同僚の大使や国際機関の長などを招いて意見や情報を交換する場を提供しています。こういった会に招かれて行くことは重要ですが、より効果が高いのは自らが主催することです。誰を招待するかは仲間づくりにつながるし、また主催者としてその場の議論を主導できるからです。


 如何にして自分がその場の中心、あるいは中心に近いところにいるようにするか、これは各国の大使がみんな考えていることだと思います。そのための方策として効果的なのは、決議や提案を自らが主導して提出することです。ジュネーブで行われる国連の人権理事会や世界保健機関(WHO)など各専門機関の総会や理事会では毎回いくつもの決議が採択されますが、そういった決議の提案国になると、できるだけ多くの共同提案国や賛同国を募るため積極的な外交活動を行うことになります。日本は人権理事会において毎年「北朝鮮人権状況決議」を欧州連合とともに提出していますし、3月の会合では他の国とともにオリンピック・パラリンピックを通じて人権意識を高めるための「オリンピック・パラリンピック決議」を通しました。また、5月のWHOの総会では、加盟国が分野横断的に高齢化に取り組むことを促し、WHOにその技術的な支援を求めることを内容とする決議案を提出し、23か国の共同提案国を得て採択することができました。


 また、WTOのような交渉を行う国際機関においては、議論を引っ張っていくための提案を行うことが極めて重要です。そこで日本としては、近年の情報通信技術の発展に伴い重要性が指摘されている電子商取引の分野に着目して、新たなルール作りを視野におきつつ、議論のたたき台となる提案を提出するべく現在準備を進めています。


 このような決議や提案を打ち出していくためには、本国政府の政策や意思決定が必要ですし、担当官レベルを含む代表部全体の取組が求められ、多くの時間とエネルギーを費やします。しかし日本が重視する政策を国連その他の国際機関で反映していくためには、大変重要なことです。


 国連を含む多くの国際機関では、「メンバー国主導」の運営が行われています。人権理事会の議長には現在韓国大使が就いており、WTOの一般理事会議長はノルウェー大使です。また、当代表部の嘉治大使は昨年から本年前半にかけて国際労働機関(ILO)の理事会議長を務めていました。このように当地の多くの大使は、国を代表する大使としての仕事の傍で国際機関を管理する母体を運営することにより公益のためにも仕事をしています。大使のみならず、様々な委員会や作業部会といった下部組織の議長には参事官や書記官クラスの各国の代表部員も選出されます。日本はWTOの補助金委員会で昨年から一年間福山書記官が議長を務め、本年から金融サービス貿易委員会で上野書記官が議長を務めています。また、国連機関の行財政・組織運営に関して、主要財政貢献国間で意思疎通・情報共有を行う「ジュネーブグループ」では、重里参事官が監視(Oversight)フォーカルグループの共同議長を務め、井出書記官が国際電気通信連合(ITU)ローカルグループの共同議長を務めています。このような貢献は他国から評価されますし、その国際機関が日本を含めた国際社会にとりきちんと役立っていくことに繋がります。自分たちの短期的な政策目標に直接結びつかなくても国際社会全体の利益のために普段から汗をかく、そういった姿勢が、長い目で見ると国としての存在感を高め、国益に資することになるのだろうと思います。(了)




平成28年1月28日掲載

伊原大使御挨拶


【モラー国連欧州本部長に委任状を提出する伊原大使(2016年1月12日)】 →UNOGホームページ



 この一月から、小田部陽一大使の後任として活動を始めました。最近の十数年間は、主として米国やアジア・大洋州諸国との二国間関係が中心でしたので、着任以来、毎日新鮮な気持ちで国際機関との仕事に臨んでいます。


 ジュネーブには国連の欧州本部や人権理事会、難民高等弁務官事務所、人権高等弁務官事務所、国際防災戦略事務局があるほか、WHO(世界保健機構)、ILO(国際労働機関)、WIPO(世界知的所有権機関)、ITU(国際電気通信連合)、IOM(国際移住機関)、WMO(世界気象機関)、ICRC(赤十字国際委員会)、IFRC(国際赤十字・赤新月社連盟)など20以上の国際機関の本部が置かれています。また、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)から発展したWTO(世界貿易機構)は世界の貿易秩序を支える組織として活発に活動しています。そのため、世界各国はここに重要な外交拠点(大使館とは呼ばず代表部と呼ばれる。)を設置して、これら国際機関において自国の立場を主張し国益の増進を図ったり、国際機関の活動を通じて国際社会に貢献をしたりする仕事を行っています。日本の代表部も、50名近い日本人職員が約40名の現地スタッフとともにそれぞれの担当分野で活躍しています。


 代表部に来てまだ2か月足らずですが、まず感じるのは業務の多様性です。WTOを中心とする国際貿易の仕事はそれなりの一体性がありますが、専門機関と呼ばれる多くの国際機関は名前のとおり専門性が高く、かつ人権や人道から、保健、労働、知的所有権、通信、環境、防災など、およそ現代社会の直面する課題を幅広くカバーしているので、私自身、日々、代表部の専門家からブリーフを受けながら仕事をしている状況です。これらの機関の中にはどのような活動を行っているのか一般的にはよく知られていないものもあります。たとえばIOMは国際移住機関と呼ばれ、世界における移民・難民の支援を行っていますが、日本の大使館のない場所で日本人が危険にさらされているといった状況で、日本人の国外への脱出を助けてくれることもあります。また、WMOは気象観測に係る知見や観測網を活かして、気候変動に係る国際的な議論に不可欠な科学的データを提供しています。そしてここにある国連のさまざまな組織や専門機関では、約150名の日本人がその専門的知識や経験を活かして活躍しています。そういった国際機関の幅広い活動や代表部の仕事について、よりよく知っていただけるように私たちとして一層の努力が必要であると感じます。


 次に気がつくのは、各専門分野の仕事が、実は分野を超えた関連性とより大きな広がりを持っているということです。たとえば最近のシリア難民の問題は、政治問題であり人道上の問題であるとともに、これら難民を受け入れている周辺国をどう支援するかという問題でもあります。そして人道上の側面だけをとっても、今住んでいる場所を離れて難民とならないように紛争下にある人たちを支援する、難民となった人たちの安全な移動を確保する、一時的にどこかに居住する難民にシェルターを提供したり最低限の生活基盤を整備する、さらには難民の長期化という現実に対応するため教育や就業支援を行う、といったさまざまな課題があります。既に複数の国際機関が協力して対応していますが、人道と開発の連携といったこれまで必ずしも十分ではなかった取組も求められています。そういった議論において、ここでよく「サイロを壊していく」ことが必要なのだという話を聞きます。日本語的には組織の縦割りを排除してその垣根を越えていくという意味なのでしょう。そういった仕事も様々な国際機関を相手に仕事をしているここの大使の大きな課題であると思います。


 また、WTOは2001年に開始した「ドーハ開発ラウンド」と呼ばれる大規模な多国間貿易交渉が行き詰まり、昨年12月のナイロビでの第10回閣僚会議では一部の進展はありましたが、今後の貿易交渉の進め方についてこれまでの交渉の枠組みにとらわれない活発な議論が行われています。これらの検討はいまだ非公式なブレインストーミングの段階ではありますが、世界経済がダイナミズムを欠き、そのなかで、改めてサービスを含む国際貿易の果たす役割が注目されつつある中、WTOとして何ができるのか、その存在意義が問われる局面が続くものと思われます。その際重要なことは、産業界や市民社会の声をよく聞き、先進国対途上国といった固定概念にとらわれることなく、いま何が必要とされ、どのような対応が現実的で、国際貿易の発展のために実際に意味があるのか、冷静に議論していくことだろうと思います。


 このように様々な難しい課題を抱え、スイスのジュネーブという風光明媚な静かな街の一般的なイメージとはかけ離れた、仕事に追われる毎日を送っていますが、日本政府代表部として、自分たちの仕事の一端をこのホームページを通じてご紹介するよう今後努めていきたいと思います。(了)